プロフィール

イザク

Author:イザク
好きな物・好きな人(順不同)

昔のSF。宇宙とかロボットとかそういうSFっぽいもの。
本一般。映画一般。特撮ヒーロー。仏像。友情モノ。
西尾維新先生。舞城王太郎先生。荒木飛呂彦先生。奥泉光先生。円城塔先生。津原泰水先生。山岸涼子先生。松本大洋先生。三上骨丸先生。白鵬様。食パンちゃん。

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毎日、「モブサイコ100」のアニメの録画を見ながら夕飯を食べ、「モブサイコ100」のコミックスを枕元に置いて就寝前に読み、会社で仕事中も気が付くとアニメ「モブサイコ100」のオープニン曲、「99」がエンドレスに頭の中で鳴っている状態・・・。
大ハマリ100%継続中です!

さて今回は、この作品の「成長物語」としての側面を見てみたいと思います!
(ネタばれ気味になりますので未読の方はご注意ください)
超能力バトルに目を奪われがちですが、「モブサイコ100」の良さは何といっても中学2年生という一番難しい時期の少年の心の成長をキッチリ描いているところ。もうこのまま、道徳の副教材にしたいくらいです。
また、大河ドラマとしての大きなスパンでの骨組みもしっかりしていて、モブが一つの敵を倒すたびに、モブ自身がその時抱えている問題が一つ解決する。しかし、次の敵はもっと強く、もっと難しい問題をモブに突き付けてくる・・・。
この繰り返しで、いつの間にか、モブ自身が最初のころから比べると驚くほどに成長を遂げているのですね。

ステージ①「教団(笑)」
悪霊エクボを除霊。
「空気を読め」と言われて怒り100%になってしまったことを反省する。

ステージ②「花沢輝樹」
超能力者花沢との対決、勝利。
力を他人に向けないよう、自分を押さえようと必死になるが、結局自分の力を制御しきれなかったことの悲しみを味わう。

ボーナスステージ「律」
モブの弟、律が兄を超えたくて自分を壊し悪に染まるが、悪の力も結局自分を特別にしてくれるわけではないことに気付く。

ステージ③「爪第7支部」
悪の組織「爪」の支部を壊滅。
力で解決するのは敵の価値観と同じこと。しかし力を使わなければ殺されるとしたら、どうすればいいのか・・・?
霊験の助けで、自分で何もかも背負わなくても良いことを知る。

ステージ④「悪霊 最上」
壮絶なイジメを体験させられる精神戦のすえ、少女にとりついた悪霊を除霊。
何の役にも立たないと思っていた自分の力で、人を助けることができると分かる。
人は変われる、自分も変われるということを知る。

ボーナスステージ「霊験新隆」
偽霊能者としてマスコミから糾弾される最中に、霊験は自分がモブの成長に気付いてやっていなかったこと、モブをいつまでも子供として扱っていたことに気付く。

ステージ⑤「爪 本部」
強大な爪のボス、鈴木を倒す。
相手の悲しみや苦しみに共感し、何とか相手を救えないかと苦闘する。

(ステージ⑥「サイコヘルメット教」 現在連載中)

・・・と、まあこのようにモブの戦いのあとをざっと俯瞰してみただけでも、階段を上るようにひとつずつ、敵が強大になっていき、それに応じてモブの心が一周りずつ大きくなっているのが分かると思います。
また、モブの心で100%になるのは怒りだけではなく、「悲しみ」など他の感情も100%になるとき力は解放されるので、感情を抑制してきたモブがそうやってひとつずつ、自分の感情を取り戻して喜怒哀楽のある普通の中学生になった時が、この漫画の最終回なのかもしれないな、と思ったりします。(自分の身体の部分をひとつずつ取り戻していった「どろろ」の百鬼丸みたいに)
多分最後に取り戻す感情は「喜び100%」でしょう。逆に言うと、モブが心からの笑顔を見せてくれないとこの話、終われないのでは。(ベジータがカカロットを認めないと「ドラゴンボールZ」が終われなかったみたいに)

あと、途中で律と霊験新隆の話が挟まりますが、この二人の話がまたいいんですよね!
誰からも褒められる優等生でしかも、超能力者の兄を持ってしまった律が「いっそ悪になってやる」と思う気持ちは痛いほど分かるし、むしろこうやって自分探しをしていくのが中学時代、というか反抗期というものなのだろうけど、律はふだん真面目でお兄さん思いなだけに、その反動も激しくって、こうでもしないと自分というものが確立できなかったんだろうな、と思うと泣けてきます。

霊験新隆はそもそもが大人の責任感をしっかり持っている人なのですが、それだけに、モブのような危なっかしい子供はいつも自分の監視下において保護してやり、また、行動をひとつひとつ仕切ってやらないといけないと、言葉を変えていえばモブをいつまでも自分のものにしておきたいと思っていたわけです。が、モブがいつの間にか自分の手をはなれ大きく成長していたことに気付き、また自分がモブに比べ最初から変わらないただの詐欺師であることに嫌気がさしてしまう。でも、そんな霊験を救うのがモブの「最初から分かっていました。僕の師匠は『いい奴』だ」という言葉だったりします。
弟子のモブに師匠である霊験が教えられ、お互いがお互いを成長させる、素晴らしい関係だなあと思います。

成長ということでいうと、他にもこの漫画には事件をキッカケに人間的に大きくなった人物が多いです。
モブとの戦いに負けて自分は凡人だと分かったテルこと花沢、陰謀がバレてとことん自分の駄目さを悟った生徒会会長の神室、爪が崩壊したことで、自分の居場所を社会の中に作ろうと決意した芹澤などなど、いずれも再登場した時は憑き物が落ちたようにサッパリした顔で出てきて、読んでいても良かったなあと嬉しくなってしまいます。

まだまだ色々と語りたいのですが、今回はこのへんで(笑)
次回はアニメの話もしたいと思います。
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ヤバイ。
すべてが私のど真ん中ストライク!
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

無題
↑現在13巻まで  小学館 裏サンデーコミックス
作者は「ワンパンマン」でおなじみのONE先生


ただいま月曜深夜アニメ放映中の「モブサイコ100」。
最初はそれほど感じなかったのですが、見れば見るほど面白く、私の好みの作品でどんどん好きになってコミックスも全巻読みました!
個人的には「ワンパンマン」より更に好き。
もうね、主人公が「超能力少年」ですからね。この言葉の響きだけで「好き」と断言できますw
さらに、友情・兄弟愛・師弟愛・ヒーロー魂などなど私の大好物がギッシリ詰まっているうえ、お馬鹿男子中学生の日常あり、闇生徒会の暗躍あり、世界征服を狙う謎の組織あり、能力者同士のサイキックバトルあり、悪霊退散あり、そんな、面白要素がモザイクのように組み合わさっていて、これが面白くないワケがない。
しかも、熱い。テーマが深い。
人として生きていく上で突き当たる問題に正面から向かい合っている、と感じます。

主人公の茂夫(通称モブ)は14歳、中学2年生の超能力少年。
生まれた時からごく自然に超能力を持っていたため、それが特別なことだとは思っていない。
ただ、モブは本気で超能力を使ったことはない。自分でも本気で能力を解放すると何が起きるか分からないからだ。
もともと穏やかな性格ではあるが、普段は感情を抑制し、感情的になって力が暴走しないようにしている。
だが、あまりのストレスや暴力にさらされると、怒りが100%に達してしまい、モブの破壊的なパワーが発動してしまう。

自称霊能力者の霊幻新隆(れいげんあらたか)は、そんなモブを自分の助手としてアルバイトで雇っているが、モブに対しては「その力は刃物と同じで危険だから、人に向けて使ってはいけない」と日ごろから戒めている。
怪しい新興宗教、不良中学生どうしの喧嘩騒ぎ、超能力を使って世界征服をもくろむ謎の組織、などなどにつぎつぎと巻き込まれていくモブ。
モブははたして、普通の中学生として暮らしていけるのか?
憧れのつぼみちゃんに振り向いてもらえるのか・・・?

まあとにかく、このモブ君というのが「ワンパンマン」でいうとサイタマみたいに圧倒的に強い力を持っているのですが、サイタマもそうだったように、力の恩恵を受けていないのですね。力があってもワクワクすることは何一つない。
同級生の女の子は、物を浮かせてみせたりスプーンを曲げたりするモブよりも、足が速い男子のことを「かっこいい」という。
運動が得意だったり、頭が良かったり、喋るのが上手でその場を明るくしたり、そういったさまざまな少年たちの「才能」に比べて、「超能力」は女の子にモテる才能ではない、と気付いているのです。
だから淡々と、「肉体改造部」という部活に入って毎日ランニングをして体力をつけようと頑張っている。

ところが、モブ以外の超能力者はそうは思わず、
「俺は能力者だ! この力で世界を支配してやる! ヒャーハー!」
という発想になってしまうわけですね。
それはまあ、普通の能力者漫画の世界観。
「モブサイコ100」はそういった価値観と対決するのではなく、壊しつづける漫画である所も新しい。

そしてこの漫画を他の超能力ものとまったく違うものにしているのは、人物造形の深さ。
主人公、モブが魅力的なのはもちろんですが、それ以上に彼の師匠である、インチキ霊能力者の霊幻新隆がイイ!!!
能力などまったく持っていないにもかかわらず、霊能者を名乗り、除霊請け負いの事務所を開いて口先三寸でお客を騙し世の中を渡っている、一言でいえば詐欺師、ペテン師なのですが、人として基本的な善悪の基準をしっかりと持っていて、恫喝にも脅迫にも、何事にも動じない胆力、度量の深さがあるんです。
インチキ除霊でお金を稼いでいるけれど、お客さんを満足させることを第一に考えている。インチキでもなんでも、効果があればそれでOK、あとは相手の話をよく聞いてそれに答え、相手が納得する形にしてしまう。
インチキであろうとなかろうと、お客さんが満足して帰っていくのなら、これは立派な霊能者と言っていいのではないかと思います。

・・・すみません、「モブサイコ100」について私の語りたいことがまだまだ多すぎるので、続きは改めて「感想 その②」に書きます。
久々に大ハマリできる作品に出会えて、もうお肌もうるおってツヤッツヤですよ私は!

61rZTlxniQL__SX351_BO1,204,203,200_小学館ビッグコミックス 作・丹羽 庭

近所のTSUTAYAでおすすめコミックスのコーナーにあったので借りてみたら、あまりにも特撮女子あるある過ぎて「この家は盗聴されているのか?」って疑うレベル 笑

主人公の仲村さんは26歳の一人暮らしのOL。
同僚たちの「今夜飲みに行こうよ」「カラオケ行こうよ」等の誘いを断り続けているため、少々お堅い女と思われている。が・・・。
実は仲村さんは重度の特撮オタク(今は「獅風怒闘ジュウショウワン」という戦隊ものがメインらしい)。
同僚の愚痴やら恋バナやらを聞くよりも、一刻も早く帰宅して録画してある特撮番組を見たいのだ。
休みの日も遊び歩かず、昼食も弁当持参なので、家庭的なしっかり者と思われてもいるが、フィギュアやDVD、食玩など、特撮ライフにはお金がかかるため、他の物には極力お金を使いたくないだけなのだ。
自分の趣味がバレないように気を使いまくる仲村さんだが、一緒にヒーローショーに行ってくれる友達や、食玩の話が通じるお菓子屋さんのお兄さんとも知り合い、徐々に特撮ライフの世界を広げていくのだった・・・。

もうね、とにかく仲村さんの特撮への愛が泣けるんですよ!
食玩やガシャポンを買いあさるのだって、「今時の特撮はオモチャ会社とタイアップしてようやく採算が取れている」という裏事情を知って、少しでも特撮を応援する気持ちでやっていることでもあるんです。
そして、彼女の人生を律しているのが、親や先生や上司の教えではなく、特撮ヒーローたちの言葉なのがまた良いです。
ジョウシュウワンのレッド、シシレオーの言葉「それは言い訳だ! 自分が苦しいことは弱いものを見捨てていい理由にはならない!」に感動した仲村さんは、会社帰りで疲れているのに、電車の中でお年寄りに座席を譲ってあげて、しかもシシレオーのカッコよさを思い出して電車の中で思わずニヤケてしまう。
「どうしたら仲村さんのようになれますか」という後輩からの問いかけに対しても、
「立派な大人になろうとするんじゃなくて 子供の頃に(特撮から)習ったことを思い出すの」
と答える仲村さん。子供に向けた、建前のように「正しい」言葉をこんなにも素直に受け取ることができるなんて、仲村さん、なんて良い人なんだー!
顔が怖いので「任侠」とあだ名を付けられているお菓子屋さんのお兄さんも、実は隠れラブキュート(プリキュアみたいなアニメ)ファンで、引きこもりがちだった少年時代にラブキュートのシズクちゃんの「泣き虫だけど弱虫じゃないわ 涙を拭いたら 勇気満タン!」というセリフに励まされ、何とか学校に通い続けることができたという過去の持ち主。
特撮やアニメの言葉に人生を救われている少年少女って、大勢いるんだろうなあ、と思わされました。

あと可笑しいのが、「懐古怪人」(二言目には昔の特撮は良かったけど、今のはねー」という中年)とか「悲しみの二度寝」(ゴルフやマラソンで日曜朝の特撮が潰れてしまう現象)などなどの、特撮好きなら思わず「分かる!」と頷きたくなるネーミングの数々。
ヒーローショー歴の長い友人がやたらデカいカメラを持っていたり、特撮映画を見終わったあと、友人とその感想を言いあってどんどんテンションが高くなっていくとことか、特撮女子としてもういちいち思い当たることばかりです。

あとこの漫画の良いところは、「もやしもん」とか「のだめカンタービレ」みたいに、「その世界の人たちの奇妙な行動を面白く描き出す」というところだけじゃなく、「大人と子供、親と子」という大きなテーマに、(おそらくは意識せずに)取り組んでいるところ。
仲村さんのお母さん、というのが娘を支配するタイプの母親で、仲村さんは子供のころ、特撮が見たくても「こんなもの女の子の見るものじゃない」と言って見せてもらえなかった。その反動で大人になり、一人暮らしをしている今、誰はばかることなく特撮ライフを楽しんでいるわけですが、今でも母親のことが苦手。
そんなふうにちょっと、往年の山岸涼子先生の漫画(「天人唐草」とか「瑠璃の爪」とか)みたいな部分もあるんです。
大人と大人の関係になった今、仲村さんは母親の影響を超えられるのか? 母親と良い関係を築き直せるのか?
今のところ仲村さんが良い人すぎて、母親に対して厳しくなり切れず、この先が心配(現在3巻までしか読んでいませんが)。
あと、子供のころに苦しい思いをしたせいか、仲村さんは子供にとても優しいです。
特に「ダミアン」というあだ名の少年との心の交流が泣けます(秘密基地からの発進のの話、私も子供のころ似たようなことをよく考えていたっけなあ・・・)。

読んでいると、仲村さんの幸せをつい願ってしまう、そんなコミックス。
うまく、特撮オタクの男性が見つかるといいのにね・・・。

P.S.
このマンガにカブトムシとクワガタの兄弟ヒーローが出てきて、弟のほうがお兄さんのことを「兄者!」って呼んでいるんですが作者の丹羽庭さんという方は「ハリケンジャー」ファンなんでしょうか 笑

P.S.その2
仲村さんはあくまで特撮のガワ(スーツ変身時)のファンであって、中身のイケメン俳優が好きなわけではありません。
まさかそこを勘違いする人はいないと思いますが、外部から見ると「特撮好き女子」ってそんな風に思われているかもしれないので、念のため 笑

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津原泰水原作、近藤ようこ作画。(株)KADOKAWA発行。
平成26年度文化庁メディア芸術祭 マンガ部門大賞受賞。
2015年「このマンガがすごい!」オトコ編6位

去年の発刊だったのでマンガ好きの方にとっては「何を今更・・・」という感じでしょうが、私は読んだばかりなのでここで叫ばせてください。

傑作だあーっ!

私は原作者の津原泰水が大好きなので、この「五色の舟」という短編も以前に読んでいて、そのすばらしさは十分に知っているつもりでしたが・・・。
近藤ようこさんの、一見ユルい絵柄、はらはらと風に飛んでいきそうな描線、そして時折、はっと意表をつかせるような造形の見事さによって、この、もともと素晴らしい短編(去年、「SFマガジン」誌上で集計されたオールタイムベスト国内短編部門の堂々一位でした)が、更に更に読みやすく、胸に迫るものとなっていました。これをケミストリーと言わずして何といいましょうか?

日本が太平洋戦争を戦っていたころ、「へび女」だの「牛女」だのと、異形のものたちを集めた見世物で暮らす家族があった。
脱疽で両足を失った座長の「お父さん」、彼に拾われて命を救われた一寸法師の「昭助兄さん」、シャム双生児の生き残りの「桜」、膝の間接が逆に曲がる「清子さん」、そして語り手である、両腕のない少年「和郎」。
血のつながりこそなかったが、彼らはお互い助け合い信頼しあう、暖かい「家族」だった。
戦争の敗色が濃くなってきたころ、彼らは「くだん」が生まれたという噂を聞き、それを買い取って見世物の一座に加えるために、岩国まで短い旅をする。「くだん」とは人間の顔を持つ牛で、未来のことを正確に言い当てる事ができるという。
ようやく目のあたりにした「くだん」の語る言葉とは・・・!

↑ネタばれしたくないのでほとんど設定しか書いていないのですが、この設定からしてかなりの問題作というか、型破りなものであることは分かると思います。津原先生も、後書きで「この作品は発表できないかもしれないけど、書かずにいられなかった」とおっしゃっていました。
そう、彼らは全員フリーク、異形。
身体障碍者、という言い方をしてしまうと何か違う。障害ではなく、異形なんです。そして彼らは、異形であることに誇りを持っている。自分たちを「特別な存在」だと思っている。
そう思うのは、座長でもある「お父さん」の、家族に寄せる暖かい愛のおかげでもあるのですが・・・。

「五色の舟」の更に凄いところは、後半にあっと驚くSF展開があるところ。
特に「くだん」の正体が凄いのですが、この「くだん」の喋り方がまた妙に知的で面白いのよ。更に作画では、「くだん」の造形も凄くて、一目見たらもう、「ああそうか、くだんってこういう生き物なのか!」って忘れられなくなります。
近藤ようこさんというマンガ家さん、初めて読んだのですが、力の抜けた簡単な線ですが人物の顔立ちが非常に魅力的で、特に若い頃は花形役者だったという「お父さん」の二枚目ぶりや、背骨が曲がったままの「桜」のほっそりした美少女っぷりなど、原作では見えてこなかった姿がはっきりと見えて、登場人物一人ひとりのことが大好きになってしまいます。
あと、64pの産業奨励館の絵、70pの見世物一座のショーの絵など、作品全体をビシッと締める力のこもった絵が素晴らしいです。
よく「画力が高い」と言いますが、例えば「バクマン」や「デスノート」の小畑健がこの作品を漫画化しても、読み手の情緒にここまで訴えることはできないのでは。近藤ようこ先生の絵のかもしだす、抜け感というか空気感、そういったものの大事さを改めて感じました。描きこみが多けりゃ、画力が高けりゃいいってもんじゃないよね・・・。

この作品、れっきとしたSFであちながら、読み終わるとSFとしてのワンダーよりも、切ない抒情性が胸に残ります。感動的です。
「幸せって何だろう」そんな事まで考えさせる、人生を凝縮したような作品でもあります。
下の娘はこの本を読んで「こんなに面白い本ってあるんだね」と言っていました。
津原先生の小説がこんなに素晴らしいコミックスになって、なんだか私まで嬉しい気持ちです!
セカイ系ですなあ~!
無題大暮維人×舞城王太郎 集英社刊

自分たちの住む世界は一人の女の子でできていて、その世界(と女の子)を救うために命がけで戦い続ける少年たちがいて・・・。
主人公の少年も自分の死を覚悟して、ついに大好きだった女の子(その、世界と同義でもある女の子)に自分の気持ちを告白しようとする。そしたら、その少年のクラスメートたち(世界のなりたちも少年の正体も、何一つ知らない)が、盛大に彼を冷やかし、クラス中で彼の告白を応援しつつも全員が野次馬と化して大騒ぎww

・・・って、どうよこの展開。
少年少女の甘酸っぱい初恋模様と、世界の崩壊とがカードの裏表のように組み合わさっていて、まさにこれこそセカイ系。
いわゆる「セカイ系」のアニメとかラノベとかって、現実離れしてるのは仕方ないにしても、その「現実」の部分、つまり主人公たちの日常の部分がちゃんと描写されていないがゆえに、全体が薄っぺらになっているものが多いの思うのですが、この「バイオーグ・トリニティ」は原作が舞城なんで、高校生たちの感情や会話がとても生き生き描かれているんです。
SF的な大仕掛け・設定は抜きにして、高校生たちの友情と恋愛の物語としてだけで読んでも、きっと十分に面白い。
特にこの7巻で語られるのは、「恋に恋している少女が、本当に人を好きになったら、それまでの少女の世界は崩壊してしまう」という、まあ、恋愛経験のある人ならだれでも多少は身に覚えのあるテーマなのですが、自分を主人公にして考えたら、(自分にとっての)世界の崩壊というのも十分にリアルなわけで・・・。

うーん、なにか理屈っぽくなってしまいましたが、とにかくこの7巻ではフジイのクラスの奴らがもうすごくいい奴ばかりで楽しいの!
お気に入りのお馬鹿高校生ウタマロは変な応援踊りを始めるは、前巻で高田さんにひそかに抜け駆けをされていたヘッドドレスの凛ちゃんはクラス全員を煽って鬨の声をあげるは、もうほんと、こんなクラスメイトたちと青春したかったよ!

そして、フミホが「甘い恋の中で永遠に生きていく女の子」から「恋愛の、その行き着く先まで責任を持てる一人の女」へ成長させることが、フミホを、ひいては世界を救う方法だと信じるキワとベルちゃん、二人の女のタフな友情もいい。
キワはフジイへの思いを通して大人になっていったけど、ベルちゃんにも苦しい恋の思い出があるのかなあ。ミハエル先生とは、けっこううまく行ってる気がするけど(笑)

まあ、色々と思うことは多い7巻でしたが、最後のページで「俺が2秒でテメェを殺す」と見得を切るホサの恰好良さに全部持っていかれましたけどねー!
あと、コミックスの中扉のカラーページを見ていて思ったのですが、この漫画、フジイを中心にしたハーレム漫画でもあるのね。
フミホ・キワ・ベルちゃん・ネクロマリア様・松カゲっち、と、何人もの可愛い女の子がフジイの周りにいて、しかも松カゲ以外の女の子たちは多少なりともフジイの事を憎からず思っているんだものね。

バイオーグ・トリニティ 6 (ヤングジャンプコミックス)バイオーグ・トリニティ 6 (ヤングジャンプコミックス)
(2015/03/19)
大暮 維人

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先の展開がまったく読めないこのコミックスも、そろそろ大詰めが近そうな気配がしてきました。

この6巻は、初期のころに戻ったような、高校生たちの甘酸っぱい恋愛エピソードがイイです。
前5巻でこじれてしまっていた、キワコの藤井への想いが、ちゃんと回収というか着地したことにまず安心。
舞城先生は優しいですね。キワの恋は結局、失恋に終わるのですが、でも、相手を好きなまま、自分も他人も傷つかない失恋の形。前の巻で、酷い嘘をついて傷つけたフミホとの関係までも、見事に修復してしまいました(私は、この子たちはもう親友には戻れないだろうと思って悲しかったのよ)
キワが身体を張って、全力で人を好きになるだけのガッツのある女の子だからこそ、できたことだったのだろうか・・・。
でも、この漫画の主人公グループ(キワ、フミホ、藤井、ホサ)の中で、唯一普通の高校生で、一番感情移入しやすいのがキワだものね。
キワの恋愛に決着がついたことで、この「バイオーグ・トリニティ」という漫画も、ある意味コアとなる部分を失ったような気もします。あとは、この世界の説明をつけて(その説明、というのが凄いことになるかもしれないけど)、なるようになって終わりじゃないかな・・・?
BUG.23のラストページ、キワ・フミホ・藤井の3人が昔みたいに仲良く歩いているコマを見て、ああ良かったと思うと同時に、物語が一回りした印象を受けました。

そのキワの恋心を後押ししてくれるのがベルちゃんことベルウッド鈴木。
表紙もちょいエロで可愛いです。
大暮先生はベルちゃんを描くときは気合いが入ってる気がします。この表紙も、紫っぽい影の入った肌色や色ムラを多用した色の塗り方がキレイ! ゴールドの背景色もゴージャスです~!
そのベルちゃんは、藤井のことが少し好きになりかかってるんですかね。思わせぶりな表情が多くなってきました。
でもベルちゃんにはミハエル先生がお似合いだと思うのww

あと、高田さんと地味オのコウ君、初々しいカップルがとてもいい!
高田さん、クラス内では凛ちゃんと一緒にガツガツ系女子(←?)仲間だったのに、こっそり考古学研究会の地味オタ君と発掘旅行だなんて泣けるじゃないですか~!
しかも、自分は恐竜の化石を吸い込んでティラノサウルスになっているのに、コウ君が土偶ってカワイイよ笑 
肉食女子も極まれりというか、ここまで尻に敷かれる関係も珍しいよ笑
「どんなにバラバラになったって コウ君はコウ君なのにな・・・」というセリフには乙女の純情も感じられ、高田さんがコウ君のことを愛おしく思っている気持が伝ってきます。コウ君の頭を何度も噛み砕いちゃうのも、コウ君の破片をパズルにして遊びたいからなのかなー、って思ったり(でもコウ君が痛そうで可哀想w)
応援したくなるカップルであると同時に、残された凛ちゃんのこともやや心配。
もうこの際、ウタマロとくっついちゃえば?笑
(6巻でもウタマロってば相変わらず馬鹿っぽくてすごく好き。「たゆんたゆん」には笑った)

この話、最終的には壮大な夢オチというか、結局フミホの中の世界でのできごとなのかと思うにだけれど、それだと「数億の人々の記憶」からできている委員長という存在が巨大すぎるような気もする・・・。
委員長にはまだ隠れた動機がありそうです。藤井を怒らせるのは何の意味があるのだろう。藤井の穴が欲しいはずなのに。
180・181pの見開き、誰も見たことのないモノたちを詳細に描写する大暮先生の画力というか想像力の凄さに圧倒されました。

このところ、ちょっと話が異形になりすぎていたけど、バイトリの本来のカタチは高校生たちの恋愛と友情の青春物語、という基本に立ちかえったようでホンワカできた6巻でした。
(あと、ゴーリィ×ホサ、というフラグが立ってしまったのですが誰か薄い本出さないかな笑)

東村先生はやっぱ天才でおま~!

東京タラレバ娘(1) (KC KISS)東京タラレバ娘(1) (KC KISS)
(2014/09/12)
東村 アキコ

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最近なにかと話題となっている東村アキコ先生の新作、「東京タラレバ娘」の1巻を読みました。
途中、何度爆笑してしまったことか・・・。
(深夜に一人で爆笑するのって案外ハードル高いですよね?)
女性ってどうしても、男性よりもギャグセンスは低いし、まあハッキリ言って男がバカやってるのはいくらでも笑いものにできるのだけど女の人が必死で笑いを取ろうとしてヨゴレまでやってたりするのは嫌いなのよ。見たくないのよ。
女は男に笑わせてもらってナンボなのよオーホホホホ!

しっかし、東村先生は違うね!
同性に対する、冷静で冷徹な観察眼で、自虐もまじえつつ、他の人がやったらドロドログズグズしたイヤ~なドラマになっちゃいそうな所を、ドライに笑い飛ばしてくるね!

東京で独身を謳歌しながら脚本家として働き続ける、もうすぐ33才の主人公・倫子。
華やかな世界にあって、周囲の男たちがダサく見えてしまい本気で相手を探す気にもなれず、同い年の友人3人でいつもつるんで女子会と称して飲み会をやっている。最初はオシャレな店に集まっていたが、「もっと酒がグイグイ飲める つまみで飲みたい」「もうサラダとかパスタとか いらないわ あたし」と、いう事になり(←この発言もやたらリアル笑)、居酒屋で白子ポン酢と生レバをつまみにジョッキをグイグイあおって女3人でクダを巻いていた。
ある日、同僚のディレクター・早坂からの食事の誘いを、プロポーズと勘違いした倫子は、デキる大人のファッションで身を固め、レストランへと赴く。しかし早坂からの話というのは、倫子のアシスタントのマミちゃん(19才)への求婚の相談だった。
ショックを受け、いつもの3人で居酒屋でヤケ酒を飲む倫子。
「キレイになったら結婚できる」
「その男を好きになれればね」
タラの白子とレバーをつまみに大声で騒ぎまくっていると、
「さっきから聞いてりゃ女子でもないのに女子会だの 現れてもねえのにいい男と結婚だの・・・ いい歳して「痩せたら」だの「好きになれれば」だの 何の根拠もないタラレバ話でよく そんなに 盛り上がれるもんだよな・・・ (中略) そうやって一生女同士で タラレバつまみに酒飲んでろよ」
と言い放つ、若い金髪イケメン(モデルのKEY)が登場。
このイケメンが、倫子の書いた脚本をけなした事から倫子は新人の女の子に脚本家の仕事を奪われ、公私ともにどん底となって、箱根の温泉宿で一人飲んだくれていた。
倫子のことを心配する飲み仲間たちの代わりにKEYが箱根まで様子を見にやってくる。
新人の女の子に枕営業で仕事を取られた、と言う倫子に対して、KEYは、じゃアンタが俺に枕営業してみろよ、と迫るのだった・・・!

・・・と、まあ、後半はちょっとドリームが入っちゃってる気もしますが、とにかく「タラレバ娘」というネーミングが俊逸すぎてもう、今年の流行語大賞はコレでいいんじゃないか? と思っています(笑)
もう読んでて、怖い怖い・・・!
私は運よく、一度は結婚できて、その後別れたとはいえ、二人の娘にも恵まれ、かろうじてタラレバ化しなかったけど、若い時になまじ手に職をつけてしまったり、職場で活躍してしまっていたりしたら、いまだに独身だったかもしれない・・・。
分かるんですよ、女子は女子同志でつるんで喋っているほうが楽しいし、下手に才能があったりすると同僚とかダサく見えるものだし。
若い時は女の子だってだけで、周りがチヤホヤしてくれるから、
「結婚なんて、その気になればいつでも出来る」
「いい人がいたら考える」
なんて言って、真剣に相手を見つける努力、人を好きになる努力を怠ってしまうんですよ!

アパレル関係の仕事をしている上の娘が、今年で27才になるのですが、もう完全にタラレバ化していて非常にヤバいと思いました。
最近、一人暮らしを始めたのですが、この本を買って送り付けてやろうと思っていますw

東村先生がこの漫画を描こうと思ったキッカケというのが、巻末にエッセイ漫画として載っているのですが、それがまた可笑しいのですよ。
2013年に東京オリンピックの2020年開催が決定した時、東村先生の友人たち(ほぼ同世代・独身・それぞれ立派なキャリアウーマン)がなぜかいっせいに、
「あたしヤバい・・・ いいかげん結婚したい・・・」
と言い出した、と。その理由というのが、
「7年後ひとりぼっちでワンルームマンションでオリンピック観戦なんてイヤ~!」
「あたしなんか実家で親と観戦!」
7年後、というのがリアルに想像できてしまう年数だったんですね(笑)
若さゆえの傲慢、おごりのツケを払う時が一斉にやって来た、と。
そんな女友達に東村先生が毎回、
「理想ばっか言うとらんで誰でもいいから相手見つけんか!」
と檄を飛ばしていたけど、もういい加減飽きてきたので漫画で描いちゃいました、と。

そしてこの後書きでも書いているけど、東村先生は決して女の幸せは結婚にあるとは言っていないのね。
「幸せ」と「結婚」は関係ない、と。
うーん、その通りだと思います。
結局、人間は一人で生きていくのは難しいのでしょう。若い時は元気一杯だから、家族を持つことのデメリットしか見えてこないし、一人身の自由さ・気楽さを満喫したくなる気持ちも分かる。
しかし、歳を重ねて体力が衰えてくると、一人で目いっぱい遊び続けるのも疲れるし、たいがいの事には飽きてしまうんでしょう。その辺で、すでに結婚して子供までいる友人が羨ましく見えてくる、と。
ですからまあ、自覚っていうか、覚悟ですよね。
独身を謳歌する代わりに孤独に耐える覚悟、あるいは家庭を持つ代わりに自由を手放す覚悟。
どっちつかずでいいとこ取りはできないぞ、と。

東村先生の漫画は今まで読んだ「主に泣いています」も「海月姫」も、最初の設定や目の付け所が斬新で凄いのですが、ドラマが進行していくにつれて普通の恋愛漫画っぽくなってしまい残念だなと感じる傾向があります。
この「東京タラレバ娘」も、どうもそんな甘い展開になっちゃいそうでやや心配ですが・・・?
現実は厳しいという事を世の「女子」たちに教える結末であってほしいです(笑)
少子化への歯止めにもなると思うの(笑)

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