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イザク

Author:イザク
好きな物・好きな人(順不同)

昔のSF。宇宙とかロボットとかそういうSFっぽいもの。
本一般。映画一般。特撮ヒーロー。仏像。友情モノ。
西尾維新先生。舞城王太郎先生。荒木飛呂彦先生。奥泉光先生。円城塔先生。津原泰水先生。山岸涼子先生。松本大洋先生。三上骨丸先生。白鵬様。食パンちゃん。

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久々に円城塔の話題です(笑)。

さて、親知らずを抜いた私はその後の経過を見てもらうため、会社帰りに歯医者に行ったのですが、そこの待合室にあった「週刊文春 2/16号」に載っている、池田暁子さんという人のイラストエッセイ「人生モグラたたき!」に、円城塔の事が書いてあったんですね~。

「田中さんの影に隠れて地味な円城さんが、実は伊藤計劃の遺作を書き継いでいる」、という事を知って感動してカッコいいと思っていらっしゃるのですよ。わーい仲間仲間。
しかもこの池田さんは、私が苦手な伊藤計劃の作品世界がむしろお好きらしく、「虐殺機関」は面白かった、未来版忍者みたいでカッコ良かった、とも書いていらっしゃるのね。伊藤計劃好きの女の子なんて、それこそカッコいい。
伊藤さんと円城さんの出会いはミクシィだった、とか(私は小松左京賞に同時に落選したのがなれそめかと思っていました)、早川書房に原稿を送ってみるように伊藤さんに勧めたのが円城さんだったとか、いろいろ知らなかったことも書いてありました。
イラストエッセイなので、田中さん・円城さん・伊藤さんの似顔絵がそれぞれ描いてあるのもカワイイです。
そうか、伊藤さんって、こんな顔だったのか・・・。
それにしても・・・円城さんと伊藤さんの交友は私が思ってたのよりずっと古くて深かったんだね・・・。
嗚呼・・・。

そして、以前に読もうとして挫折していた円城さんの「烏有此譚」(講談社・刊)を読み返してみたのですが、ヤバイヤバイ、伊藤バイアスかけて読むと、これまたヤバイ本でした。
ものすごく乱暴に内容を紹介すると、
【僕の友人、末高は死病にかかっている。ある日、僕は末高から、緑(末高の配偶者っぽい人)のことを頼む、と言われる。やがて末高亡きあと、僕は自分の中に引きこもり、末高の考えていた「僕」を演じることで現実逃避する。そこに現れた緑に「こんなことはもうやめて」と言われるまで】
と、まあこんな感じだと思うのですが、なんせ円城さんの文章を私が勝手に読解してるんで、実はまったく違う話だった、という可能性はかなり高いです(苦笑)。
でもまあ、友人が死ぬ(作品中ではこの言葉は使われていない)話であることは確かです。
奥付を見ると、初出は2008年。伊藤さんの逝去の、前年。
うーん・・・作品中で「灰が降り積もってゆく」と表現される、友人が死に近づいていく様子の淡々とした描写。
「僕」の過剰な饒舌の、枝葉をすべて取り払ってしまえば、そこに見えてくるのはやはり、否応なく近づく友人の死、そしてその衝撃を自分が乗り越えられないのではないかという怖れ、と読めてしまうのですよー!

ちなみにこの話は、そういうシリアスな心象を覆い隠す為なのか、いつもより更に文章が自由自在に遊んでいる感じで、なんとなく西尾維新を思い出しました。頭のいい人の饒舌は、どこか似てくるのかなあ。
そしてこの本にはやたら脚注が多いのも特徴で、面倒なのであまり真面目に読んでいないのですが(さっきまでの知ったような口ぶりは一体何だったんだ!?)、中で一つ、目についた文章があります。灰(この小説の中での死の暗喩・・・たぶん)について語った文章です。

 あるいはかつてそこに何かがあったことを伝える微かな痕跡。それでいて、忘れることの不可能な、忘れることを許されない記憶。
 個人的には灰に関する見解を異にしているが、それを一言で書けるようなら、この小説は書かれなかった。


・・・ね? 私の勝手な深読みじゃないよね?
どこまで泣かすんだ円城塔・・・。

今週はひさびさに面白いマンガが多くて、何から取り上げようか迷っちゃいます。

とりあえず真っ先に、古舘春一さんの新連載「ハイキュー!!」行ってみましょう。
この人、去年、やはりバレーボールを題材にした読み切り描いていましたよね。タイトルは忘れましたが、主役の二人は同じです。
あの時から私は注目していたのですよ。友情度の高さに。
この人、その前には「四ツ谷先輩の怪談なんたら」という連載をしていたけど、絵も話も、味がありすぎてコマ割りとか読みにくくてちゃんと読んでいなかったんですよねー。読み切りの時には、話も絵もずっと読みやすくなっていました。
そして今週号、連載第一回を読んで、もう次回からの展開にワクワクです。
主役の二人が茶髪熱血馬鹿タイプと黒髪冷徹タイプなのも、ちょっと乙女向きな感じ。ツンツンな二人が、どうデレてくるのかな~。

あと今週は、いろいろ面白かった。
「スケット・ダンス」・・・「走れメロス」リア充発言にはワロタww
「めだかボックス」・・・くじ姉の森ガール姿モリーンが凄い
「いぬまるだしっ!」・・・理事長の若い頃の素顔がイケメンだった・・・(しかも唇の端から、血を流していた・・・)惚れてまうやろー!
「パッキー」・・・抜群の安定感。自分的には「大変! このままだと地球の水がなくなっちゃう!」コポコポのギャグが今週のベストですが、「テレビだとCGってのも許せん! 特撮はCGアニメじゃねーぞっつの!」の動物元帥の熱い語りにも思わず共感してしまいました。
上の娘が、今日のフォーゼを見て何かに目覚めたらしく、突然メテオの羊毛フエルト人形を作り始めました。さきほど完成し、机の上で撮影会をしていたのですが、なかなか可愛いので紹介しちゃいます。写真では伝わりませんが、手触りがもふもふしていてとてもキュートです。ちなみに娘は「オレも甘いか」にヤラレた模様。
画像を扱うのは初めてで、アナログ人間の私に出来るかどうか心配でしたが、熱意さえあればどうにかなるもんですね^^
画像はクリックすると大きくできます。


会津みやげの赤べこに乗る
会津みやげの赤べこに乗る

実物大ミカン
実物大ミカン

犬とたわむれる
犬とたわむれる

色々書きたい事はあるのですが、手を踏まれてジタバタするメテオに思考力をすべて奪われてしまいました・・・。ボタボタ(←鼻血の垂れる音)
でも何とか、散らばった記憶のかけらを拾い上げ、時間軸上に並べる作業にトライしたいと思います。
今日もフォーゼは、プラス1,000ポイントさ!
(↓ この後、やたら長くなるので「続きを読む」で!)

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我、生還セリ。


今、私のライフポイントは限りなくゼロに近くなっています。
そう、前にも書いた、親知らずを抜いてもらう日が、今日だったのですよー!
人生の試練を、またひとつ乗り越えたぜ!
今はもう麻酔が切れているので、顔の右半分が鈍痛で覆われています・・・。
なので今日はもうこの辺で。
明日のフォーゼタイムまでには復活したいと思います。

3/16(金)「金曜ロードショウ」で、「第9地区」が放映されますよ~!
このブログのタイトルにも借りてるくらい好きなSF映画なので、時間のある方はぜひ見てみてね!

それと今日、やたらカウンタが回るのでアクセス解析で調べてみたら、昨日書いた、田中慎弥さんの「共喰い」の感想を探して読みに来てくださってる人がとても多いのですね。
さすが芥川賞のネームバリュー。
勝手気ままに、あんな上から目線の感想書いちゃって恥ずかしス。

田中慎弥さんの芥川賞受賞作「共喰い」を読んだのですが、うーん・・・微妙。
文章は文句なしに上手いです。
構成も良くて描写力もあって読ませるし、テーマも「父を超えようとする息子」という、オーソドックスながら万人受け(失礼な言い方だな)するテーマです。
だけどねえ・・・何でしょうかこの物足りなさは・・・。
主人公の父親が酷い男で、セックスをしながら「自分が気持ちいいから」という、ただそれだけの理由で女を殴るんですね。それで、主人公の高校生の男の子が、自分にもその血が流れているんではないかと悶々と悩む、という話なのですが、この高校生の気持ちはよくわかるのですが、どうもこの酷いお父さんにリアリティがないというか・・・。
いや、現実に酷い男が沢山いるのは知ってますが、酷い男が酷くなったのにもそれなりの理由があるわけで。
生まれつき、ただひたすら酷かった、というのもアリですが、それならそれで、このお父さんはこの小説でか描かれているような人生を送ってないんじゃないか、とか。
この地方の男はみんなこうなんだ、というのともちょっと違うし。
主人公の母親をはじめ、女性陣の行動には共感できるのですが。
どっか、このお父さんに共感とまでは言いませんが、納得できるような部分が、ほのめかしでもいいから無いと、作品の中に入っていけないんですよ。

地方都市の暴力的なお父さんといえば、私の大好きな舞城王太郎先生のデビュー作「煙か土か食い物」がすぐ思い浮かぶのですが、この本はトンデモミステリではありますが、お父さんの存在感っていうか怖さ、半端ないです。そして4人の息子たちが、この暴君の下でいかに生き抜いていったかが、これまた暴力的・破壊的な筆致で語られていくのですが、少なくともこの本を読んでいた時には「このお父さんはなんでこんなに酷いの?」という疑問は浮かびませんでした。
むしろ、「ああ、いる所にはいるんだろうなこういう怖い人。ウチのお父さんは普通で良かったよー」などと思いながら読んでいました。
そして、こちらも酷い父親ではあるのですが、この父親自身が、どこか自分の歯止めの効かない暴力性を持て余しているフシも見えて、そばにいたら嫌ですが、一個人として見た時に、破格の人間性の持つ、一種の魅力すら感じさせてくれます。
このリアリティ、説得力。
多分、舞城先生自身が、これに近い経験をされていたのではないかとつい推測してしまうのですが・・・。

だとすれば、「共喰い」のお父さんに物足りなさを感じてしまうのはやはり、4歳の時に父親を亡くされたという作者の田中慎弥さん自身に、父親というもののイメージが希薄なせいなのかもしれないな、と思います。

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