プロフィール

イザク

Author:イザク
好きな物・好きな人(順不同)

昔のSF。宇宙とかロボットとかそういうSFっぽいもの。
本一般。映画一般。特撮ヒーロー。仏像。友情モノ。
西尾維新先生。舞城王太郎先生。荒木飛呂彦先生。奥泉光先生。円城塔先生。津原泰水先生。山岸涼子先生。松本大洋先生。三上骨丸先生。白鵬様。食パンちゃん。

カテゴリ

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:


「西尾維新の本なら一晩で読める」と常日頃から豪語していた自分ですが、この本は一週間くらいかかっちゃったなあ。
まず、西尾先生の本にしては分厚いし、内容も重い。
といいますか、西尾先生の作家としての現時点での到達点じゃないかと思う。
そんな感じで、この本についてはネタバレしつつ熱く感想など語ろうと思ってますので、気になる方は「続きを読む」で!
(うわあそれにしてもこの表紙とこのタイトル、画像見てるだけで恥ずかしいなww)

悲鳴伝 (講談社ノベルス)悲鳴伝 (講談社ノベルス)
(2012/04/26)
西尾維新

商品詳細を見る


この本は「化物語」や「人間シリーズ」みたいなシリーズものではなく単発ものなんですが、読んでいると何となく「少女不十分」の続編みたいな感じを受けます。続編、というよりは「少女不十分」がラフスケッチで、この「悲鳴伝」が完成形、みたいな感じでしょうか。

主人公は13歳、中学生になったばかりの少年、空々空(そらからくう)。なんか、東京スカイツリーのマスコットみたいな名前です(笑)。
この空々くんの、冷血漢ぶりが本書のテーマ。

冷血漢、と言っては身もふたもない(本書ではこの言葉は使われていない)のですが、普通の人間が感じるような感情を持つことができず、そのことを常に意識して悩んでいる彼は、「少女不十分」の「僕」と同じ、そして多分、作者の西尾維新先生にも近い系列のメンタリティの持ち主。

その空々くんが、地球撲滅軍という巨大組織にスカウトされ、家族・関係者を皆殺しにされた上で変身スーツを渡され人類を救うヒーローとして怪人退治に乗り出す、というのが大筋です。
しかしここで語られるのは、感情を持たない少年が、彼の家族を殺した少女・剣藤犬个(けんどうけんか)との奇妙な同居生活を通じて、いかに世界と繋がるのか、そして彼女と心を通わせるようになるのか、までを描いた、心の成長譚、あるいはボーイ・ミーツ・ガールの恋愛譚。
「空々空」といういかにもな名前も、「こ、これ、ただの荒唐無稽なラノベだからっ! べ、別に、冷血少年の内面を描き切ろうだなんて、そんな純文学みたいなこと、思ってないんだからねっ!」というアリバイ工作(?)のようにも思えます。(「空」の字が三つ・・・どんだけカラッポな少年なんだよ、っていう話ですよね)
変身ヒーローの資質が、まず第一に「熱血であること」である事に対する、「冷血でもヒーローになりうるのか?」という、一種の思考実験みたいな感じもあります。冷血でも、この社会とうまく折り合っていけるのか・・・。
(西尾先生、たぶん子供のころ、普通にヒーローに憧れていたんでしょうね。でも、自分の冷静すぎる性格では無理だと子供心に思っていたのでしょう。各章のサブタイトル等に、ヒーローものへのこだわりが、微妙に感じられるw)

そういう意味で、西尾先生ご自身の、今を生きていくための切実なテーマが、変身ヒーローもの(更には、恋愛小説)というエンタメ的な舞台で展開する、非常に完成度の高い小説だなあ、というのが感想です。まあ、ラノベっちゃあラノベど真ん中ですけど。

更に、主人公の空々くんが魅力的です。
感情に乏しいゆえに、冷静で客観的な判断を下すことのできる彼は、怪人との戦いや軍の内部の抗争で、幾度も命を落としそうになりますが、決してあきらめたり虚無的になる事なく、13歳らしからぬ知性と胆力(ヒーローだからと言って、身体能力に優れているわけではない)、そして持ちまえのクールな状況把握力でピンチを切り抜けて行きます。
あとがきでも西尾先生自身がお書きになっているように、私も、「空々くんの頑張りをもっと見ていたいと思ったのです」

・・・なんだかここまで読むと、空々くんがよっぽど問題ある子供みたいですねー(苦笑)
実際はそんなでもない、というか、彼が自意識過剰気味に悩んでいるのって、誰にでも多かれ少なかれ、あるんじゃないかと思うような「周囲との違和感」でしかない、という言い方もできるんですよね。
ちょっと引用してみます。

 卒業式で泣いている振りをした。頑張って泣いて、成功したと思った。
 テストで百点満点を取って喜んでいる振りをした。嬉しいはずだと思い込んだ。
 友達が苛められていることに憤った振りをした。確かに怒っていたはずなのだ。
 サヨナラホームランを打ってガッツポーズの振りをした。腕の上げ方が不自然じゃないか、ずっと気になっていた。

 空気が読めないからこそ。
 空気を読もうと最大限に努力する。
 結果それがズレてしまうことも、過剰になってしまうこともあるが---それが現実に動じない少年、反射ではない対応の少年、空々空の行動原理。

 ---下手な動きをして正体がバレてしまうことに震えるのだ。だからこそ、空々は『過剰な演技』にどっぷり浸かっていたのだし、必要以上に倫理的にもなっていた。

まあ、こんな程度(笑)。
こんな「振り」なら、誰でも一度や二度はやったことあるんじゃないですか。
とはいえ、さすがに自分の家族を殺した剣藤との同居生活にさして違和感を覚えず、合理的に納得してしまうあたり、感情より理性が強すぎるのかなあ。
逆に剣藤の方は、人を殺すことで、夜中にうなされて悲鳴をあげたり食べたものを吐いてしまったり精神安定剤が欠かせなかったり、と、いわゆる「普通の女の子」なんですね。

そんな剣藤の真心が少しずつ空々くんの心を変えてゆき・・・みたいな、ベタな展開になるはずもありませんよ西尾先生ですから!
でも、不毛(?)な戦いの果てにようやく、死にゆく剣藤と心を通わせることのできた空々くん、彼女の最期の望みをかなえてあげる空々くん、彼女の身体を抱き締めて、離すことのできない空々くん、の姿には、今までの西尾先生の本にはない、ギリギリの、世界との和解、のような気配があって、「人を好きになる」ということの、どうしようもない悲しさみたいな気配があって、このラストには感動してしまいました。
西尾先生、良かったね、みたいな不思議な読後感です。

関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://isaac936.blog.fc2.com/tb.php/295-d951c0d5

 BLOG TOP