プロフィール

イザク

Author:イザク
好きな物・好きな人(順不同)

昔のSF。宇宙とかロボットとかそういうSFっぽいもの。
本一般。映画一般。特撮ヒーロー。仏像。友情モノ。
西尾維新先生。舞城王太郎先生。荒木飛呂彦先生。奥泉光先生。円城塔先生。津原泰水先生。山岸涼子先生。松本大洋先生。三上骨丸先生。白鵬様。食パンちゃん。

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 シュートが階下に降りてゆくと、マキコが電話口で、ええ、分かりました、本当にご心配かけて申し訳ありません、はい、はい、と、いちいち頭まで下げて誰かと会話をしている。それを見るとシュートは、ここしばらく忘れていた黒く濁った気分が自分の中に戻ってきたのを感じ、黙ったままマキコの脇を通って洗面所に行き、蛇口を大きくひねってざぶざぶと顔を洗い、冷たい水で髪まで洗って濡れた髪をタオルでこすりながらダイニングに戻って椅子にドカッと腰を下ろすと、電話を終えたマキコが怒った目でこちらを見て、強い口調でこう言った。
「シュート! あなた、家に全然連絡を入れてないの? お母さん心配してるわよ!」
 やっぱりそうだ。家からの電話だったのだ。シュートは肩をゆすって立ち上がった。
「うるせえ。ババア」
 そう言い放ってそのままドアを開け、外に出てしまう。
「何ですって。ババア!?」
 後ろでマキコが騒ぐのが聞こえるが、もちろん戻って謝る気はない。
 少なくとも、今は。
 


 小岩南口商店街組合委員会戦隊分室(最近は戦隊本部と自称している)、早朝。

 マキコは、続いて降りてきたケンタとハルを相手に、さっそく怒りをぶちまけた。
「ババアですってよババア! どういうつもり!?」
「んー・・・、マキコさん、また何か口うるさいこと言ったんじゃないッスか?」
「シュートさんがそんな言葉を使うなんて、意外ですよね。よっぽど虫のいどころが悪かったんじゃ」
「オレなんて、中学の時とかしょっちゅうオフクロに言ってたスよ?」
「いやシュートさんはケンタさんと違うから・・・。マキコさん、何かシュートさんに言ったんですか」
「私はシュートに、家に連絡をしてないのか、って言ったのよ。シュートのお母さんが、心配して電話をしてきたの。その事を言ったら急に、・・・」
「あー、それはアレだ、シュートのやつ、きっと今オフクロさんと喧嘩してるんッスよ。ほっといたら頭も冷めるから、そしたら謝らせればいいスよ」
「シュートさんは責任感強いから、ちゃんとトレーニングの時間までには戻ってくると思いますよ。それにしても『うるせえ、ババア』はひどいですね。マキコさん関係ないのに」
「でしょ? でしょ? パパもひどいと思うわよね?」
 とまあ、こんな感じで朝の食卓は会話がはずみ、その間、戦隊本部にほど近い小さな公園ではシュートがブランコに腰かけて身体をゆらゆらと揺すりながら、自分の中の苛々が鎮まるのを待っていた。

 シュートは、濡れた髪が半乾きになるころ戻ってきたが食卓はすでに片づけられていたので、朝食抜きのまま無言で着替え、朝のトレーニングメニューに入った。 
 例の「ヒーロー速成プログラム」の過酷なメニューを黙々とこなし、昼食時の「いただきます」と「ごちそうさま」以外はまったく一言も口をきくことなく、トレーニングを終えると一人で自室に戻ってしまう。
 ドアに内側から鍵をかける音が、階下で様子をうかがう三人の耳にもはっきりと聞こえた。
「・・・重症ですね」
「あーもう! やっぱりほっとくなんて無理! 引きずり出して謝らせましょうよ」
「いやマキコさん、一日や二日、口きかないなんて普通ッスよ。オレ一週間とか普通でしたよ?」
「だから、ケンタさんとシュートさんはまた別ですって。それにケンタさんは自分の家で口きかなかったんでしょ? シュートさんが僕たちに口をきかないっていうのは、僕たちに怒っているとかそんなんじゃなくて、何か思うことがあって、自分ひとりになりたいってことでしょ。僕たちのことなんか目に入ってないっていうか」
「でもきっかけは、私がお母さんに電話してないのか、って言ったことなのよ」
「単純な親子喧嘩じゃなさそうですよね・・・。僕、ちょっと様子を見てきます」
 そう言うとハルは立ち上がり、スタスタと階段を上っていった。
 下でその後ろ姿を見上げる、マキコとケンタ。

 ハルはシュートの部屋のドアを、軽くノックした。
「シュートさん、僕です、ハルです。ドア、開けてくれますか」
 無言。
「じゃ、ここで話します。・・・シュートさん、ここに来てから、実家に全然連絡してなかったんですか。お母さん心配してるそうじゃないですか」
 部屋の中で、シュートが姿勢を変えた気配がする。
「・・・黙れ、キモオタ」
「やっぱりそこが感情的になるポイントなんですね。僕、その言葉、言われ慣れてるから平気です。シュートさんがお母さんに何を思ってるのかは知りませんし、聞きません。でも、マキコさんの立場も考えてください。僕たち未成年ですよ? それを一年も預かって、悪の組織と戦うとか言ってるわけですよ? 親を安心させるのが何より大切だって、ちょっと考えれば分かるじゃないですか。僕たち、親の許可がなきゃ戦隊すら続けられない、弱い立場なんですよ。シュートさん、今日中に、お母さんに電話するべきです。元気だよ、心配しないで、って言ってあげてください」
 言うべきことを全部言ってしまうとハルは、室内の様子をうかがう事もなく、またスタスタと階段を降り、息を殺してなりゆきを見守っていた二人のもとに戻ってきた。
「ハル、なんかお前、スゲーな。正直、見直した」
「スッキリしたわー、ハル! あれだけ言って分かんなかったら、もう破門よ破門!」
「ちゃんと電話してくれるといいですけどね・・・。まあ、シュートさんの事は二週間分しか知らないけど、ものの道理が分からない人じゃないし、最低でも電話はするでしょう。何を言うかは分かりませんが」
「それにしてもシュートはひどい。キモオタはないわよね!? 確かにハルはちょっと太目だったけどこの二週間でずいぶん締まってきたし。そのメガネが趣味悪いのかしら。それとも変になまっちろいのがいけないの? ああ、でも確かに、部屋にフィギアがびっしり並んでるのはちょっと気持ち悪いかも・・・」
「マキコさん、かえって傷つきますからもうやめてください・・・」
 
 一階で三人の会話がだんだん本筋から離れていった頃。
 二階の自室のベッドの上で仰向けになったシュートは呼吸を深くして懸命に感情を整理しようとしていた。
 マキコだけではなく、ハルにまで暴言を吐いてしまった。手近なものに当たり散らしているだけなのは、自分でよく分かっていた。

 オフクロがいけないんだ。こんな所にまで電話してきやがって。

 そう思ってはみるものの、ハルに言われた通り、家に連絡もしない自分が一番悪いことも、自分でよく分かっていた。
 自己嫌悪と苛々とが渦を巻いて、苦しくて仕方がない。こんな気持ちから逃れるために、小岩戦隊への参加を決めたというのに・・・。


 シュートの母親は小柄で、歳よりずっと若く見えた。
 子供のころはそんな母親が内心、自慢だった。料理も上手で、おやつは毎日手作りだったし家の中にはいつも花が飾ってあった。ドラマに出てくる家みてえ、と友達によく言われた。
 そしてシュートも、そんな家にお似合いの、良く出来た子供だった。きちんと挨拶はできるし勉強もできるし地元の少年サッカーのチームではエースだった。
 父親は普段は仕事人間だったが、お盆や正月の休みにはキャンプや旅行に連れていってくれた。絵に描いたような、シアワセな家庭だった。
 シュートは手のかからない子供だった。子供らしい我儘をほとんど言ったことがなく、意地の悪い言い方をすれば、小さな頃から大人の顔色を見ていた。母親が嬉しそうな顔をすると、自分も嬉しくなった。
 学校の成績がいいと、母親は嬉しそうな顔をした。だからシュートは自分から勉強した。勉強だけじゃなくてスポーツも、と母親が望んでいると、シュートはそれを察した。だから少年サッカーの練習も、人一倍熱心だった。
 母親にとって、シュートは自慢の息子だった。子供心に、シュートはそれが誇らしかった。
 小学校の四年生の時、私立の中学を受験することが決まった。塾通いが始まり、サッカーはやめることになった。シュートは毎日きちんと勉強をして、難関の私立中学に入学した。
 歯車が狂いだしたのは、このころからだった。よくある話ではある。小学校ではシュートは学年でも一番か二番の成績だった。でも、この中学はそんな秀才の集まりだった。部活にも入らず、授業について行くために頑張って勉強して、何とか平均点が取れる程度だった。
 母親は顔を曇らせ、でも秀ちゃんはやればできる子だものね、と言った。
 シュートは焦った。毎晩遅くまで勉強をした。シュートが勉強をしていると母親は嬉しそうに、夜食を用意した。
 勉強しても勉強しても、成績は思ったほど上がらず、それどころか勉強が無意味なものに思えてきて、シュートはだんだん苦しくなった。クラスの友人たち(と呼べるほど仲のいい友人はいなかったが)のように、思い切り部活で自分を鍛えてみたい。女の子と付き合ってみたい。目がつぶれるほど、本が読みたい。バンドを組んでみたい。ゲームに熱中してみたい。一人で旅をしてみたい・・・。
 悩んでいると、成績はどんどん落ちた。中高一貫の学校だったが、このままでは高等部に進学できない、と言われた。
 本当に、よくある話だった。
 シュートは母親に反抗的になった。家の中はとげとげしくなり、父親はそれまでも残業続きで帰りが遅かったのが、ほとんど家に帰らなくなった。そんな中でも、シュートには「これではいけない」という焦りがあった。だから勉強は続けた。母親はやはり、夜食を作り続けた。深夜遅く帰った父親と母親が口論しているのをよく聞くようになった。それも自分のせいだと思い、無理やりに心を励まして努力を続け、高等部へは何とか進学できたものの、シュートには、これが自分の限界だ、と分かった。
 だが母親は作ったような笑顔で、でも秀ちゃんはやればできる子だものね、と言った。
 シュートはそれを聞いて自分の中の何かがはじけ飛んだのを感じ、気が付くと家の壁を殴って壁に穴をあけてしまっていた。母親がすっかり怯えた顔でシュートを見ていた。シュートは黙ったまま、二階へ駆け上がった。口を開けば、母親に対して酷い言葉を投げつけてしまうのが分かっていた。
 その日以来、シュートは母親にほとんど口を利かなくなった。学校には通ったが、授業中は寝るか本を読むかしていた。学校の勉強は嫌いだったが、自分で数学や物理の問題を解いたり、歴史の本を読んだりするのは好きだった。そうやって部屋にこもって、授業とはまったく関係のない独学をしていても、母親は黙ってドアの前に夜食を置いていった。そんな夜はシュートは苛々してたまらなくなり、ベッドに倒れ込んでいつまでも眠れないまま幾度も寝返りを打つのだった。

 オフクロは、勉強しろとは言わなかった。やればできる子だものね、と言っただけだ。おれが自分で思っていたほど成績が良くなかったからと言って、オフクロのせいにするのは筋違いだ。部活に入りたければ、入ればよかったんだ。バンドを組みたきゃ、組めばよかったんだ。オフクロに気に入られようとして、何も行動を起こさず、遊ぶこともしないで勉強ばかりしていて、今になってオフクロに苛々するなんて逆恨みもいいところだ。
 何の取り柄もない。何の面白味もない。ただ、恨みがましくて自分の駄目さを他人のせいにしようとしているだけだ。こんなはずじゃなかった。どうしようもない奴だ、おれは・・・。

 高校を卒業して、形ばかり大学を受験してみたものの、ろくに受験勉強もしていなかったシュートはどこにも合格できず、かと言って就職する気にもならず、母親の、もう一年がんばれば秀ちゃんならきっと、という言葉を聞いてまた気が狂いそうになったものの、結局、家から出る気力もなく(正確には、家を出たいと言ったら母親がどんな顔をするかと想像しただけで気力が萎え)、浪人生活のような形で毎日、ほとんど口を利かないまま自室にこもって気が向いた時に本を読んだり勉強をしたり、という無気力な生活を送っている時だった、小岩戦隊の隊員募集の張り紙を見たのは。
 
 なんだこれ。戦隊? バッカみてえ。

 このころのシュートは自分のまわりのあらゆるものをバカにしていて、でも一番バカなのは自分なんだという苦い自覚から逃れられないでいた。
 戦隊員募集、こんなの行くやついるのかよ、そう思いながらも目は張り紙に引き付けられた。子供のころ、まだ小さくて自信満々だったあのころ、毎週夢中になって戦隊シリーズを見ていた。日曜日には父親に頼んで水道橋のヒーローショーに連れていってもらったし、クリスマスにはおもちゃを買ってもらった。

 自分が、本当に自分から好きで熱中していたと言えるのは、戦隊ものだけだったのかも知れない。

 シュートの心は動き始めていた。決定的だったのが、募集要項の中の「最低一年間、自宅を離れ隊員同士の共同生活が可能な者」という一文だった。
 シュートは心を決めた。そう思うとあの家に、もう一日だって長くいたくはなかった。
 両親を説得するのは大変だったが、シュートは今度だけは絶対にゆずらないと決めていた。最後には父親が、シュートが我儘をいうのは生まれて初めてだ、好きなようにさせてやろう、と言ってくれた。
 母親は泣き、パパは秀ちゃんのことが心配じゃないの、と繰り返した。もううんざりだったが、この家を離れられると思うと心が軽くなり、大丈夫だよ、遠くへ行くわけじゃないし電話もするから、と母親に、何年ぶりかの優しい口調で言ったのだった。

 そしてシュートは、今朝、マキコに言われるまで、そんな口約束のことなど忘れ、それどころか家のことも母親のことも極力考えないようにしてきたのだ。ちょっとでもその事を考えただけで、あの苦しさが戻ってきてしまう。
 訓練で毎日ヘトヘトなんだ、電話なんてしてられないよ。
 自分でも、それがただの言い訳だと分かっていた。
 いつかはちゃんと向き合わなければいけない。そう、いつかは。でも、今じゃなくたっていいじゃないか。

 
 夕飯時には、シュートは下に降りてきて、例によって「いただきます」と「ごちそうさま」以外は口を利かずに食事を済ませたが、食べ終わるとマキコに向かって携帯電話を貸してください、と言った。
 マキコは、電話ならここにあるじゃない、とダイニングにある固定電話を指さしたが、シュートは自分の部屋で話したいから、と言った。自分が持っていた携帯電話は、家に置いてきてしまったのだという。
 電話をする気になっただけでも上出来だと思えたので、マキコはシュートに自分の携帯を貸してやった。
 シュートは低い声で礼をいうと、自室に戻っていった。

 オフクロ? おれだよ、シュートだよ。ああ、元気でやってるよ。心配いらないから。・・・そんな事ないって。かえって体調は良くなったくらいだよ。マキコさんがちゃんと栄養を考えて食事を作ってくれるし。・・・そんな事言ってないだろ。オフクロの料理はうまかったよ、どっちが上手とか、そういう問題じゃないだろ。・・・受験の勉強が遅れる? やめろよ。何だって今、そんなこと言うんだ。だから嫌だったんだ、どうしてオフクロはおれが何かしようとするのを黙って見ている事ができないんだ。もう切るよ。・・・冷たくなんかしてないだろ。ちゃんと電話してるじゃないか。マキコさんたちと一緒にいるからママに冷たくなった? ほんとにそんな事いうのはやめてくれよ。おれはあんたと話している時より、ここのみんなと話している時のほうがずっと楽しいよ・・・!

 しばらくしてシュートは携帯を返しにきたが、感情を必死で抑えているのが一目でわかる、白くこわばった顔をしていたので、マキコも他の二人も話しかけることができず、シュートが部屋にもどったのを見届けてから三人でひそひそと言葉を交わした。
「あんまり、ちゃんと話せなかったみたいですね」
「シュートがマザコンだったとはねー、意外だわ」
「え、だってシュートのやつ、オフクロさんを避けてるんでしょ?」
「母親のことになると冷静さを失ってしまう人を、マザコンっていうのよ。ただ母親が好きなだけなら、『オレは母親が好きです』でいいでしょ。よくいるじゃない、『オフクロの味噌汁は日本一だ!』みたいに、熱くなっちゃう人」
「そういやマキコさんも、ファザコンでしたね。よく『パパって天才!』って言ってるし」
「何よ! だってパパはほんとに天才なのよ!? 世間が認めなかっただけじゃない。娘の私がパパを褒めて、何がいけないの!?」
「・・・ほらね、ファザコンというのは、こんなふうにヒートアップするわけですよ」
「なるほどなー、分かりやすいッスねマキコさん」
「でも困りましたね。下手したら、シュートさん戦隊やめさせられちゃうかも」
「とりあえず明日、訓練が終わったらシュートを連れて実家に行ってみるわ。監督不行き届きでご心配かけて申し訳ない、って頭下げて、シュートにも謝らせる。それが出来なきゃ、今度こそ破門よ破門!」
「・・・基本的には親子の問題ですからね。マキコさんが間に立っても解決はしないでしょうけど、少しは効果があるでしょう。僕も父親の話になると、ちょっと感情的になっちゃう所、あるしなあ。誰だって、多少はあるんじゃないですか、そういう所」
「明日かあ。そろそろ一週間だけど、あいつら来ないといいッスね」
「まあ、こればっかりは向こうの都合ですからね。僕たちも明日に備えて、今日は早く寝ましょうか」
「でもシュートのこと、心配よね。第一、マザコンは女の子にもてないわよ」
「だからマキコさんはその歳まで独身なんッスね?」
「なんですってえ!?」
(以下、不毛な会話なので省略)

 そして翌日。

 来なければいい、と思う時に限って来るものである。
 朝、江戸川沿いの土手の上をランニングしていた三人のもとに、モニターを監視している博士からの通信が入った。
「この前と同じ、駅前広場じゃ。通勤や通学の人たちがトカゲどもに襲われておるぞ」
「了解! すぐ行くッス!」
 自転車を必死にこいで(三人はまだオートバイの免許を持っていない)駅前にたどり着くと、学生やらスーツ姿のサラリーマンやらが大勢、地面に倒れて苦しがっている。逃げようとする人々を、あのトカゲ頭の怪人たちが「キイ、キイ」と奇声をあげながら捕まえて、駅前に連れ戻していた。
「ひでえなこれは・・・行くぞみんな! チェンジ!」
「チェンジ!」
「チェンジ!」
 綺麗に揃った動きで三人がスーツ姿に変身すると、バス停の椅子に座っていた体積のありそうな怪人がゆっくりと立ち上がった。赤いボディに黒い水玉、とぐろを巻いた蛇に手足のついたような姿。
「やっと来たか。オレ様はアナアナコンダ。お前たちを葬り去るために来たが、待ちくたびれたアナ。オートバイくらい、買ってもらうといいアナ」
「そーゆー事はマキコさんに言って欲しいッスね。それより赤ヘビ、ここに倒れてる人たちは、お前をやっつけちゃえば回復するのかな?」
「他人の心配か。優しいアナね。でもその前に、自分の心配をした方がいいアナ!」
 言うやいなや、アナアナコンダの身体中から何かが四方に飛び散り、三人の身体にペタッと張り付いた。あの黒い水玉の模様がヘビの身体から離れて、駅前でまだ立っている人々や、ケンタ、シュート、ハルの胸の真ん中にくっついたのだ。
 次の瞬間、
「ぐあああっ!」
 シュートが胸を押さえて悲鳴をあげ、その場に倒れた。
 その隣でハルもうめき声をあげ、地面にひざをつく。
「ど、どうしたんだよ二人とも!?」
 ケンタだけは無傷のようである。今や、駅前で立っている人間はケンタだけだ。
「ケ、ケンタさん・・・穴です、穴をあけられた・・・」
 ハルがとぎれとぎれに言って身体を起こし、ケンタに自分の胸を見せた。黄色いスーツの胸の中心、先ほど黒い水玉が張り付いたあたりにぽっかりと、野球ボールくらいの真っ黒い穴があいていた。小さな穴なのに、底なしの井戸を覗き込んでいるような、深くて暗い穴である。ケンタはぞっとした。
「な、何だよこれ! まさか、シュートも!?」
 地面にうつ伏せに倒れたまま苦しがっているシュートを助け起こし、仰向けにさせるとシュートの身体にはバスケットボールくらいの大きな穴が開いていた。もう、胸全体が穴だと言ってもいいくらいだ。
「ひでえ・・・」
 ケンタは立ち上がった。あたりを見回せば、倒れている人々みんなの胸に、大なり小なり黒い穴が開いているのだった。
「畜生! おいヘビ、貴様は許せない。オレ一人で倒す!!」
 言うなりケンタは右手のチェンジャーをソードモードに変えた。ガンモードでは群衆の中では戦いづらいので、剣の形の武器を作ってくれるよう松戸博士に前から頼んでいたのだが、数日前にようやく完成したのだ。剣道やフェンシング、スポーツチャンバラの先生方を講師に呼んで、一通りの使い方をマスターしたばかりである。
 怒りをそのままエネルギーに変え、行く手をはばむトカゲ怪人たちを右に左になぎ倒して、ケンタはアナアナコンダのもとにたどり着いた。
「ふーむ、お前は穴が開かないアナか。たまにそういう人間がいるアナ」
「念仏でも唱えな、と言いたい所ッスけどね。仲間が苦しんでるんで、待ってられないッスよ!」
 勢いよくアナアナコンダに切りかかったが、さすがにザコ敵とは格が違う。ケンタの振り下ろした剣は、赤いウロコにはね返された。
「じゃあ、これでどうッスか!?」
 瞬時にガンモードに切り替えたケンタは、至近距離から赤い怪人にレーザービームを見舞った。だが、これもウロコにはじかれ効果がないようだった。
「どうした。もう打つ手なしか? じゃあ、こっちから行くアナ!」
 アナアナコンダが身体をゆすると、巻いていたとぐろがほどけて細長いヘビの形になった。その尻尾がブン、と振られ、ケンタを身体ごと数メートル、吹っ飛ばした。
「ぐっ・・・! や、やるじゃねえかよ!」
 立ち上がろうとする所を、またあの長い尻尾が伸びて突き倒された。アナアナコンダは安全な距離を保ったまま、ケンタをいいようにいたぶり、最後にはケンタの身体を尻尾でぐるぐる巻きにして身動きが取れないようにした。畜生、放せ、と騒ぐケンタを、うるさいアナ、と言って口まで巻いて黙らせてしまう。

「小岩戦隊と言っても、大した事はないアナね・・・。そこの青いのは、ずいぶん大きな穴が開いてるアナ。よっぽど、誰かにうらみがあるアナね」
 そう言いながらシュートに近づき、つま先でシュートの身体を転がして胸の穴をぐいと足で踏みつける、アナアナコンダ。
「うあああぁっ!!」
「人を呪わば穴二つ・・・。憎しみや呪い、恨みといった感情には、相手に実際にダメージを与えるだけの、負のエネルギーがあるアナ。だけど作用と反作用が同じだけの力を持つように、人を呪えばそれと同じだけのダメージが自分に帰ってくるアナ。昔の人はうまいこと言ったものアナ。オレ様のアナアナの術では、呪う人間と呪われた人間、両方に同じだけのダメージがあるアナ。今ごろ、お前に恨まれてるそいつも、どこか別の場所でのたうち回っているアナ」
 そう言って、シュートを踏みつけにしたまま高笑いをする、アナアナコンダ。
 尻尾の先では、ぐるぐる巻きのケンタが何か叫ぼうとしているが、声にはならない。
「ま、待て・・・。オフクロは、関係ないだろ・・・」
 赤い足の下で、シュートが声を絞り出した。
「へえ、喋れるアナか。気丈なやつ、と褒めておいてやるアナ。お前の相手は母親アナか。関係ない、はないアナ。そもそもお前が、その母親を憎んでいるのがはじまりアナ。その穴の大きさだと、死ねばいいのに、くらいは思っていたアナか? オレ様はお前のその、口にできない願望をかなえてやってるだけだ、感謝して欲しいアナ。その見返りに、本人にも同じだけ、苦しんでもらっているアナよ」
「でも、・・・お前らの狙いは、おれたち、小岩戦隊だろ・・・。おれが何を思ってようと、・・・オフクロは無関係だろ・・・巻き込むな・・・」
「馬鹿か。お前がそれだけ強く憎んでいるという事は、お前の人生にそれだけ深くかかわっているという事アナ。お前が母親を恨む以上に、母親もお前を恨んでいるかも知れないアナ。たとえ良かれと思って始めたことでも、それがお互いを縛ってお互いを傷つけあう、人間同士の関係ではよくある話アナ。オレ様は、それを目に見える形にしただけアナ」
「違う、・・・オフクロは、・・・おれとは別の、人間だ・・・。手を、出すな・・・」
「ゴチャゴチャとうるさいアナ、この死にぞこない・・・グワッ!」
 アナアナコンダが叫び、数歩、後ろに下がった。長く伸びた尻尾の、内側の白いウロコが一部分、焦げて黒くなり、ブスブスと煙が出ていた。そこから先のほうは力を失ったらしく、だらりと地面に垂れ下がり、その中から赤いスーツがころがり出てきた。
「やった、出られたぞ。おいシュート、大丈夫か!? ハル! お前、動けるのか?」
 アナアナコンダがシュートに気をとられている隙に、立ち上がり、レーザーガンを構えて外側の赤い、硬いウロコではなく腹側の白い、柔らかい部分を狙って撃ったのは、ハルだった。
「僕は・・・、シュートさんほど、穴が大きくないから・・・。立とうと思えば、スーツが立たせてくれるし、・・・撃とうと思えば、なんとか撃てます。・・・この程度のダメージで戦闘不能になっては、・・・小岩戦隊の、名が、泣きます・・・」
「良く言った! 男だぜ、ハル」
「・・・白い部分なら歯が立ちます、僕がここから、ケンタさんはそっちから、同じ所を、・・・」
 ハルの言葉が終わらないうちに、アナアナコンダの長い身体がぐるっと巻き戻り、また、赤いウロコだけを外側に向けた、とぐろを巻いた姿に戻ってしまった。これではもう、手出しが出来ない。
「あっ、くそっ! やられた・・・!」
「僕がもっと、・・・早く立ち上がって、攻撃していれば・・・!」
「グアーッハッハッハ! 貴様ら小岩戦隊ごときがこのオレ様を倒そうとは、千年早いアナ!」
 そう言って身体をのけぞらし、高笑いをするアナアナコンダ。
 その時、地面とアナアナコンダの顔との間に白い一本の光の筋が引かれた。
 次の瞬間、高笑いを続けるアナアナコンダの顔は、笑いを張り付かせたまま爆音とともに飛び散って、赤い身体がその後に続いた。
 爆風がすぎさって煙が晴れると、例によって、そこには黒い焦げ跡以外、何も残っていなかった。

「小岩戦隊の、名が泣く・・・か。お前のいう通りだよ、ハル・・・」
 アナアナコンダの足元から、仰向けの姿勢のまま何とか両手だけを動かし、高笑いするその大きく開けた口を狙って撃ったのはシュートだった。
「・・・戦う意思さえ失わなければ、スーツが助けてくれる。おれはそれを忘れて、・・・自分の悩み事なんかにとらわれて身動きできなくなって、・・・恥ずかしいよ、ハル、ケンタ」
 まだ仰向けの姿勢のまま、変身を解くシュート。途切れ途切れに話しながら、地面に手をついてようやく上半身だけを起こした。肩で息をしているが、胸の穴は、きれいになくなっている。
「おい、大丈夫なのかよ、シュート・・・」
「シュートさん! 恰好良すぎですよ・・・」
 同じく変身を解き、シュートのもとに駆け寄るケンタとハル。
「大丈夫だよ、ダメージは残ってるけどもう痛みはない・・・。身体が、まだちょっと動かないだけだ。それより二人とも、・・・さっきのヘビの話、聞いていたよな?」
 シュートは二人の顔を見上げ、そう聞いた。
「死ねばいいのに、ってあたりですね・・・?」
「察しがいいな、ハル。もう分かってるんだろう、おれとオフクロの関係を?」
「まあ、だいたいは想像がつきます」
「死ねばいいとまで思ったことはないけれど・・・、いや、思っていたのかな。・・・でも、ヘビのおかげで分かったよ、おれがあの家を逃げてきたのは、あのままでいるとどっちかが死んでしまうからなんだ・・・。身体は生きてても、心が死ぬ」
「シュートさん、その話、今、無理にしないでもいいですよ・・・?」
「言わせてくれ。多分、今じゃないと話せない。・・・もう一つ、分かったことがあるんだ。オフクロとおれは、別の人間だってこと。自分で言って、気が付いた。当たり前だって思うかもしれないけど、今までのおれは、その事が分かっていなかった」
 シュートはそこで、二日ぶりの笑顔を見せた。
「別の人間なんだから、分かり合えなくても当たり前だ。そう思ったらなんだか少しだけ、気が楽になった」
「きっとあの穴から、悪いものが出ちゃったんですよ」
「あのヘビは身体と同時に、心にも攻撃をしかけてきた。だけどお前のおかげで、自分を取り戻すことができた。ありがとう、ハル。・・・昨日はひどい事を言って悪かった。謝る」
「・・・なんか二人とも、今回やたら恰好良くないッスか?」
「ケンタ、お前は前回も恰好悪かっただろうが」
「うわー、今のセリフ、シュートさん完全復活って感じですね」
「いやむしろ、褒めて損した、って感じなんッスけど・・・」
「でも一番凄いのはケンタさんですよ? あの時、穴が開かなかったのはケンタさんだけでしたから。憎んだり恨んだりする人が一人もいないなんて、信じられませんよ。羨ましい・・・って言っていいのかな」
「いや、ケンタは何も考えていないだけだろ」
「ハル、こいつ復活しないほうが良かったッスよ・・・!」


 その日はそれ以降のトレーニングを取りやめて、みんなでシュートの家を訪ねることになった。
 本部に戻ったシュートがマキコに、母親に会いにいくからついて来てくれないか、と頼んだのである。頭を下げて、昨日は済みませんでした、と自分から謝って。
 何があったの? と訊ねるマキコに、さあねえ、良く知りません、と肩をすくめてハルは、僕たちも付いていってもいいですか、と逆に訊ねた。
「ちゃんと元気にやってて、仲間もできた、ってとこ、見せてあげたほうがいいですよ」
「オレらみたいな立派な友達がいるってわかったら、安心するっしょ!」
「いや、お前を見たらむしろ不安になるぞ・・・」

 シュートは母親の顔を見ると真っ先に、大丈夫だった? 今朝、胸が苦しくなかった? と聞いた。ずっと心配だったのだろう。
 母親がそれに答えて、そうなのよ秀ちゃん、すごく痛くって、でもお医者さんで見てもらったら何ともないって・・・やっぱり秀ちゃんは優しい子ねえ、ママが一人でいるからって心配してくれて。昔からそうだったわ、あの時も・・・などとくどくどと話し出したので、シュート以外の三人は、ああ、これではシュートがおかしくなっちゃうのも無理はないかも、とつい思ってしまった。
 マキコが強引に菓子折りを差し出して話を中断し、こちらこそ、いつもご心配をおかけしまして、と言い、シュートがそれに続いて、いつも連絡しなくてごめん、これからはもっと電話するよ、と謝り、ケンタとハルが、シュートさんはとっても頼りがいがあって、僕たちいつも助けられてて、と持ち上げ、最後にもう一度マキコが、何かありましたら、いつでも本部の方にお電話くださいね、と笑顔で締めくくった。
 せっかくいらしたんだから、もう少しゆっくりしていってください、という母親にマキコは、申し訳ありませんが午後のトレーニングがありますので、と言って四人は撤収した。

「ふう、なんか緊張したッスねー」
「シュート、よく大人しくしてたわね。いい子、いい子」
「おれ、やっぱりみんながいなかったら途中でキレてたと思うよ。顔を見るまではけっこう本気で心配してたんだけど・・・」
「まあ何にせよ、第一ステージクリアですよ。二十年ちかく一緒にいたんだから、親離れも子離れも簡単じゃない、って話」
「そういう事よね。・・・さあて。せっかく早く帰ってきたんだから、午後のトレーニング、再開しましょうか」
「えー!?」
「マジすかー?」
「いや、おれ今日、死にかけたんだけど・・・」



 小岩戦隊、サンフラ和ー。
 そのメンバーは、殿様でも天使でも、ましてや宇宙海賊でもない、どこにでもいる普通の若者たち。
 彼らにも、普通の人生があり普通の悩みがある。
 たとえ世界平和のための戦いに身を捧げていても、自分の人生は自分で生きぬかねばならない。あるいは、それはダークグリードとの戦いよりも、もっと険しく、もっと辛い戦いなのかもしれない。
 だが、君たちには仲間がいる。共に苦しみ、共に戦ってくれる仲間たちが。
 希望を胸に、まだ長い道のりを歩いていこう。
 上を向いて、口笛を吹きながら。

 頑張れ、小岩戦隊・サンフラ和ー!
 負けるな、小岩戦隊・サンフラ和ー!



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このシリーズを始めるとき、
レッドはおバカ、
イエローはオタク、
そしてブルーは親との関係が悪い引きこもり、
と決めていました。
だから今回はテーマが決まっていて、書きやすかったはず、なんですが。
予想はしてたものの、先は見えず暗くなる一方で参りました。
でも、「アナアナコンダ」という怪人名を思いついたら、
そのあとはサラサラと書けました。
怪人の、名前や技のアイデアをいっぺん思いつくと
その後の展開はわりと自然に浮かんできます。
主人公より、怪人のキャラ付けのほうが大事、
という事に気づいた第三話なのでした~。
(「今日のわんこ」風に)

次週はいよいよバレンタイデー編。
さあて次回もサービスサービス、・・・って、
この場合、何をどうすればサービスなんだろ・・・?
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