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イザク

Author:イザク
好きな物・好きな人(順不同)

昔のSF。宇宙とかロボットとかそういうSFっぽいもの。
本一般。映画一般。特撮ヒーロー。仏像。友情モノ。
西尾維新先生。舞城王太郎先生。荒木飛呂彦先生。奥泉光先生。円城塔先生。津原泰水先生。山岸涼子先生。松本大洋先生。三上骨丸先生。白鵬様。食パンちゃん。

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「おーい お茶」のペットボトルに印刷されていた俳句が素敵なのでご紹介。

てのひらにおりてきたゆきひかってる  (中屋敷敏樹・8才)

一読、女の子の句かと思ったら男の子なのね~!
読んだ瞬間、少女マンガの一コマが頭に浮かびました。
横顔を見せているボブヘアの女の子、マフラーにミトンの冬支度。背景は黒、合わせた両手の上にひとひらの雪、そこを中心にボンヤリと白く光るトーン、描き文字の擬音は「ポウッ・・・」ですね!
そんな、少女趣味でロマンチックな句かと思いきや、作者は8才の敏樹君。

少年が作った句となるとこれは、朝、登校途中。
友達と「あ! 雪降ってきた!」と騒いで、両手を受け皿にして雪片を受け止めたのでしょう。六角形が珍しくて、じっと見たのでしょう。そしたら、朝の清澄な空気の中で、小さな雪片がキラキラ光っていた、と・・・。
「落ちてきた」でなく「おりてきた」なのがイイです。天上のモノが僕のもとにおりてきた、という気配があって、この何気ない句を叙情的なものにしています。また、31文字すべてがひらがななのも、狙ってやったことではないのでしょうけど、はかない雪のかけらがひらひらと舞い落ちる姿を思わせて効果大です。

雪を珍しがっていることからして、敏樹君は東京とか大阪など、普段あまり雪の降らない都会の少年ではないかな?
雪が光っていた、というただそれだけを一句に切り取る感性が鋭いのか、その雪が驚くほどにキラキラと光っていたのかは分かりませんが、感動をそのまま素直に31文字にしてこの完成度。
絵も俳句も、無欲な子供の作ったものってなにか心に響きますね。

桜と黒髪


今日は暖かでした。ランチタイムには会社の近くの小さい公園で過ごしました。
そして今日、東京も桜の開花宣言が出ましたね! これ、靖国神社の桜が開いたら出るんですね。さっきニュースで、気象庁の役員が靖国神社の桜の木をじりじり見て、「5輪ほど咲いてますので開花です」と言ったら、周りに大勢いた見物客が一斉にわあっ、って歓声をあげていて可笑しかった。開花宣言のおっかけ(?)している人が案外世の中には多い模様。

さて、話は変わりますが私、若いころから「ドライヤーの熱風は髪に悪い。自然乾燥の方が良い」と思っていて、シャンプーした後、そのままドライヤーを当てず、濡れたまま寝てしまうことすらあったのですよ。ところがラジオでヘアケアの専門家の方が、「とにかくトリートメントなどするよりも、シャンプー後に髪をしっかり、毛根まで乾かすのが一番大事」とおっしゃっていて半信半疑ながら昨日から実行した所、本当に髪の弾力、ツヤが良くなって髪だけでも若返った気分。髪を濡れたままにしておくと、キューティクルだかプロテインだかが逃げ出してしまうそうです。
今まで自然乾燥派だったという方、面倒くさがらず、是非ドライヤー乾燥を試してみてください!


その子二十(はたち)櫛に流るる黒髪のおごりの春のうつくしきかな  (与謝野晶子)


春と髪の話題が出ましたのでこの短歌を。
「その子」というのは与謝野晶子自自身のことだそうですが、二十歳でこんな客観的な見方ができるもんなのかな?
「櫛に流るる黒髪」というのはもちろんストレートのロングヘアでしょう。黒髪ロングは、誰が何と言おうと若い女性の髪型の王様。ツインテールだのゆるふわ縦ロールだの、可愛さをアピールしない、素の自分を堂々と見せる髪型です。
そして、若い時にしかできない髪型でもあります。若い時には自覚がないのですが、年齢を重ねると、髪質も衰えるし何よりロングヘアが似合わなくなってくるのですよ。
「おごりの春」というのも的確な言葉で、若い女性というのは、無自覚に自信過剰といいますか、自分の美しさを当然のものと思っているものです。


鏡に向かって、櫛で長い髪をくしけずっている。黒髪はつやつやと輝き、鏡の中の自分は美しい。窓の外は春。花咲く道を、この髪を風に揺らしながら歩けば男たちはみな振り返るだろう・・・

・・・と、いうような、堂々とした自信に満ちた歌で、女の強さが感じられて好きな歌なのですが、若い時はこんな自覚はできないんじゃないのかな。

昨日、ランチタイムに会社のそばのネパール料理屋さんでネパールカレーを食べていたのですよ。
そうしたら、入り口のドアがバタンと開いて、子供が「ママ! 成績あがったよ!」と言いながら飛び込んできたのです。
私の席からは死角になっていて見えなかったのですが、お店のネパール人のおばさんの娘(日本の小学校に通っている、5年生か6年生)が、学校で通信簿をもらって、終業式の日なので早帰りで帰ってきた模様。
おばさんが「へえ、すごいねー」などと返事をし、そのあと通信簿を広げてネパール語でしばらく会話をしたあと、その娘が勢いよくお店の奥にあるトイレに駆け込んでいきました。
トイレを我慢しても、お母さんに通信簿を見せたかったんだね(微笑)

何だか、一陣の爽やかな風が心を吹き抜けていったように感じました。
子供にとって、成績があがるという事は、こんなにも素直に嬉しいものなのか。真っ先に、駆け込むようにして帰ってきてお母さんに知らせたいものなのか。
忘れていた子供時代の記憶すら、よみがえるような思い。(私は子供の時から素直じゃなかったので、成績があがっても急いで帰ったりしませんでしたけどねww)

この、日常の中のささやかな感動は、もしかしたら俳句のネタとしてうってつけなのではないかと思い、色々頭をひねってみました。

北風といっしょに飛び込む通信簿

↑「北風」っていう言葉に、「風の又三郎」や「北風小僧の寒太郎」に通じる、冬の子供のイメージがあるので、なかなか良いと自画自賛。
でも、「飛び込む通信簿」は意味不明すぎ(苦笑)。それに、私が聞いた、「ママ! 成績あがったよ!」という声の嬉しさが伝わらない気もします。ので、第二弾。

クリスマス ママ成績があがったよ

↑「クリスマス」は12/25。
と、いうことは、関東地方では2学期の終業式の日。
なので、通信簿のことかな、って分かってください、という苦肉の策。
「クリスマス」という言葉は、子供の喜ぶ顔とセットになっていますので、まあアリかな、と。
でも、あの勢いこんで帰ってきた感じが出ていない。
それに、成績があがったらプレゼントを買ってもらう約束をした子供の句みたいな感じもします。

いやー、やっぱ難しいですね575!


月がとても綺麗です。
お団子もススキも用意できなかったので、とりあえずテンプレだけでも変えてみました。
お月様には冷蔵庫にあった梨と白ワインをお供えしましたw
今夜のような白く輝く冴えた月を、会社帰りに自転車をこぎながら見ていると思いだすのは蕪村のこの俳句です。

月天心貧しき町を通りけり

天心、というのだから月は空の、かなり高い所で白く光っているのでしょう。地平線から出てきたばかりのぼってりしたオレンジ色の月ではありえません。
貧しき町、というのはスラム街のようなゴチャゴチャした、猥雑ながらもパワーを感じさせる所ではなく、道の両側に古い平屋ばかりが軒を連ねているような、貧相な街並みの気がします。しかも、住民も寝静まっていて静か。夜の中に、月とそれを見ている自分しかいない気がする。
道の真上に、煌々と月が輝き、富豪の家にも貧者の家にも、わけへだてなくその高貴な光を降らせている。
昼間は皆、生活のために必死で働いているし空など見上げる余裕もなくあくせくしているけれども、夜、静まり返った道で見る月はひととき日常を忘れさせてくれる・・・と、いう感じでしょうか。

小岩って基本、東京の下町というか要するに貧しい町なので、どうしても月を見るとこの句を連想しちゃうんですww


ポケットに 手を入れている 陸上部 (天野拓実・作)

「おーいお茶」のティーバッグに印刷されている俳句を見て、時々はっと手が止まるんですがこれもその一つ。
何か非常に印象的なんですが、でもどこが印象的なのかよく分からない(苦笑)
考えれば考えるほど、「陸上部がポケットに手を入れたからって、それが何?」みたいになってくるのですが・・・。

「陸上部」がキーワードです。
まず、ポケットに手を入れるくらいなんだから多少寒いんでしょうね。そして陸上部なんで、屋外。
いくら寒くても、サッカー部や野球部が部活中にポケットに手を入れている場面は考えられない。
陸上というのはチームではなく、基本一人黙々とやるスポーツなので、常に動いてるという感じはしません。そして、高跳びやハードルなど、準備に時間がかかるものも多そうだし、前の人が終わるまでの順番待ちとかもありそう。後輩でも、玉拾いなどはやらなくても良い。なので陸上部の人っていうのは案外、練習中でも一人でボーッと突っ立っていることが多いんじゃないでしょうか。
個人主義的というか、先輩・後輩の関係も他の部活ほどキツくなさそうだし。
そこを目ざとく見つけて、5・7・5にうまく切り取った句なのかな、と思いました。

冬場、グラウンドを分け合って使っている野球部やサッカー部のざわざわした動きの奥に(陸上部ってグランドの隅を使っている事が多くないですか?)、ボーッと立ってる陸上部が見えて、何か面白いと思って俳句にしたのかなあ、と。
学校生活、部活動の一部を、写真に撮ったみたいにクリアに切り取ったような、そんな句ですがどことなくユーモアの気配も漂っています。
背景にドラマとか広い世界が感じられる、というのとは真逆の、目の前のワンシーンだけに集中した句で、ちょっと乾いたクラウンドの土の色とか、陸上部の履いているジャージの色まで見えてきそう。(何となく、エンジw)

・・・というのが私が頑張って考えたこの句の鑑賞なんですが、実際どうなんでしょうね?(笑)
この句は「第十三回 文部科学大臣賞」を受賞している秀句ですし、何か好きだなと思わせる句ですが、どこにその良さがあるのか正直私には分かっていません。誰か解説してくれないだろうか・・・。

怖い俳句 (幻冬舎新書)怖い俳句 (幻冬舎新書)
(2012/07/28)
倉阪 鬼一郎

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以前に「感想・第一弾」として紹介したこの本から、またいくつか好きな俳句をご紹介。
今回はまず、お正月のおめでたい気分に水を差す、この句から!

元旦の殺生石のにほひかな (石田波郷)

なぜ元旦? なぜ殺生石?
なんかこう、元旦って雲一つない晴天で空気が乾いていることが多くないですか? 私は神奈川と東京でしかお正月を迎えたことがないので、そう感じるのかも知れませんが。
しかも、元旦は人通りが少なくて空気がしんと静かですよね。そんな、おめでたいのだけれどどこかピリピリとした緊張をはらんだような元旦の空気に、「セッショウセキ」というS音のつながりが何やら不吉に響く、意味不明だけれど一読忘れがたい句。
(「殺生石」じゃないと駄目なんですよ。「墓場の石」とかじゃ、まるで駄目)

海峡を越えんと赤きものうごく (富澤赤黄男)

なんだか、怪獣映画のワンシーンみたいです。
海面に流れ出た原油が、いつしか意志を持って寄り集まり、赤い流体状のモンスターとなって我が国に向かって進路を定めた、とでも言うような・・・。
普通に考えれば、魚か海鳥、あるいは海藻のたぐいなのですが、何やらスケールが大きく、かつ不吉。

古仏より噴き出す千手 遠くでテロ (伊丹三樹彦)

古い仏像の背後から噴き出すように千本の手が現れる、その幻視の鮮やかさと、「遠くでテロ」という一見無関係な言葉とが結び合って、映画館のスクリーン越しに見る戦場のような、無音の迫力を感じます。
千手観音の手はすべて衆生を救うためにあるというのに・・・千本では足りないのでしょうか・・・。

むこうから白線引きがやって来る (樋口由紀子)

どこが怖いのかよく分かんないけど、想像しただけでなんか怖い!
カラカラと線を引きながらだんだん近づいてきて、自分の目の前で線が切れたらどうしよう?
「ここで終わり」とでも言うように、目の前、あるいは背後に線を引かれたらどうしよう?
「こっちには入るな」とでも言うように、右あるいは左に線を引かれたらどうしよう?
身体を真っ二つにするように、真ん中に線を引かれたらどうしよう?

百年後のいま真っ白な電車が来る (小川双々子)

白という色の怖さが感じられる句をもうひとつ。
この句を読んで、小松左京の名作SF短編「影が重なる時」をなぜか思い出してしまいました。
人が死に絶えた未来の街を感じさせるからでしょうか?
「真っ白」という言葉に、核の閃光で白く焼けてしまったかのような破滅の気配があります。
「百年後のいま」には、何か巨大なエネルギーのせいで時空が歪んで時間が地すべりを起こしたようなSFっぽい響きがあります。
どっちにしても、真っ白な電車に乗る人は誰もいないのではないかという気がします・・・。

首をもちあげると生きていた女 (時実新子)

なんだか、抽象的な句が続いたので最後はストレートな怖い俳句を。
もうこれは、説明不要ですねw
映画「危険な情事」のグレン・クローズの不死身っぷりを思い出しましたw
わずか17文字でいろんな場面が見えてきちゃう、実にコストパフォーマンスの高い句です。
どこで切るのか一見わからないけど、ちゃんと五七五にもなっていますねw

怖い俳句 (幻冬舎新書)怖い俳句 (幻冬舎新書)
(2012/07/28)
倉阪 鬼一郎

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前にちょっとだけ紹介した「怖い俳句」という本、改めて取り上げたいと言いながらいたずらに月日が経ってしまいました。夏に発刊になった本なのでなるべく早く記事を書きたかったのですが、気になる俳句を全部取り上げようとすると大変なので、何回かに分けて小出しにする事にしました。
本では年代別に並んでいますが、順不同で個人的に好きな奴を拾ってみます。

流燈や一つにはかにさかのぼる (飯田蛇笏)

ひゃははは、これは怖い!(笑)
流燈(りゅうとう)というのは、ようするに精霊流しですね。蝋燭を入れた灯籠が、いくつも川の流れにしたがってゆっくりと流れていくのは、日本の夏の夜をいろどる、綺麗だけどどこか物悲しい光景です。その中の流燈がひとつだけ、にわかに川上に向かってさかのぼっていく、というのだからこれは怖いです(笑)
ただ単純に、つい笑っちゃうような怖さですw

葱を切るうしろに廊下つづきけり (下村槐太)

いやー、これも怖いです。
台所で流しに向かっている時って、背中が無防備な感じがして、時々ゾッとする時があるんですよね・・・振り返ったら誰かいるんじゃないか、って。
我が家の狭いキッチンでさえそうなのですから、後ろに廊下(しかも、多分、長くて先の方が薄暗くなっている廊下)のある台所なんて想像しただけでガクガクブルブル・・・こっちは、笑えない怖さ。

怒らぬから青野で締める友の首  (島津亮)

この句については、倉阪さんの解説文をそのまま引用させてもらいます。なるほど確かに! って、すごい納得できました。
友がもし怒ったなら、首をしめることはなかったでしょう。冗談だよと笑ってごまかしたかもしれません。でも、怒らなかったから、青野の中で友の首をしめつづけてしまった。同性愛の香りも漂う、異常心理を一行で描いた傑作です。
つけ加えて言うなら、夏服のDK(男子高校生)だといいな。青い草原と白いシャツの対比が美しくて絵になるのでww

皆さんの青い地球に核兵器(おとしだま) (高橋龍)

「SFマガジン 11月号」の書評欄で、長山靖生さんがこの本を取り上げていらっしゃったのですが、この句に対しては「星新一の新刊の腰帯にピッタリ」と書かれてあって、思わず笑ってしまいました。
まったくその通りで、すっとぼけていてなおかつ真っ黒いユーモアセンス、いかにも星新一です。
「地球のみなさん、こんにちは」って感じ(笑)。懐かしいなあ☆
同じ作者に、対になる一句というのがあって、それがまたすっとぼけてるんですねw

もう一度核爆発の尖光(ハトがでますよ)ハイ、チーズ

「核爆発の尖光」に「ハトがでますよ」とルビを振るところが可笑しいです。ちょっと古臭い所も星新一っぽい。
怖いというよりブラックユーモアですが。

大いなる舌が天(そら)から垂れ下がり  (眞鍋呉夫)

これもSFマガジン書評で取り上げられていた句。
確かに、SF的というか幻想文学的というか、シュールなビジョンとしか言いようがありません。黙示録的な、と言ってしまうとちょっと恰好良すぎるような・・・だって、舌ですよ舌!?(笑)
じっさいにその光景を想像すると、怖いには怖いけど、どこかゲンナリというか、ウンザリしちゃいそう(笑)
怖いというより、よくこんな事を考えつくなあ、と感心します。

* * * * *

こうしてみると、「怖い俳句」と一口に言ってもずいぶんバラエティがあるものですね。
この本の中には、他にも気に入った怖い俳句がたくさんありますので、これから先ちょいちょい紹介していこうと思っています。

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