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イザク

Author:イザク
好きな物・好きな人(順不同)

昔のSF。宇宙とかロボットとかそういうSFっぽいもの。
本一般。映画一般。特撮ヒーロー。仏像。友情モノ。
西尾維新先生。舞城王太郎先生。荒木飛呂彦先生。奥泉光先生。円城塔先生。津原泰水先生。山岸涼子先生。松本大洋先生。三上骨丸先生。白鵬様。食パンちゃん。

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アメリカ人って、もしかしてものすごーくシャイなのかな・・・?


「面白いけど、エグい」と評判のヒーロー映画「デッドプール」を見てきましたよ~!
見ていただければわかるけど、とにかくガワ(マスク)がめっちゃカッコ可愛いです。
CG処理されているらしく(当然か)、目もとの表情が実に豊かで、ニンジャっぽく背中に×字型に背負った二本のソードも決まってます。赤と黒の色もいい感じです。
個人的に、ヒーローものでは外見が非常に大事ですのでね! 「ウルヴァリン」とか、外見でもう落第ですからね(ファンの人、すみません)。
デッドプールは外見だけなら今までのヒーローものでもかなり上位です。(コスチュームの基本色が赤なのは「出血しても目立たないから」という渋い理由付けもあるw)

そして、とにかく画面に凝ってます。
オープニングのタイトルロールには笑ったなあ。まあ、見てやってください(笑)
アクションもいちいちポーズが決まっていて、見ていて快感があります。「12発の弾丸」のアクションはめっちゃカッコいい!
あと、登場人物のキャラも立ち具合もいいです!
特に女性陣がすばらしくて、ヒロインのヴァネッサ役モリーナ・バッカリン、初めて見る女優さんですが、少々化粧が濃いものの気の強そうな顔立ちが魅力的。
怪力女エンジェルの、くわえタバコならぬくわえマッチの小粋さ(おっぱいポロリが見えそうで見えないのもナイスww)、X-MENの火の玉小僧、五分刈り少女ネガソニックの不機嫌そうな顔つきもめっちゃカワイイ。
さらに、主人公ウェイドの同居人、サングラスの黒人老女は靴下に小型拳銃を隠し持っているハードボイルドおばあちゃん。
男性陣では、ウェイドの通う酒場のマスター、ウィーゼル役のT・J・ミラーの、ジョニー・デップ似の顔立ちや、小心者ながら男気も持ち合わせている感じもイイです。
(「デッドプール」とは、この酒場で行われている「次に死ぬのは誰か」の賭けゲームのこと)

・・・と、まあ、ここまで褒めてきましたが、正直、この映画はどうにも無駄にグロいというかえげつないというか、後味が悪いんですよね・・・。
「キック・アス」という映画に似ていて、なにか、ヒーロー譚を作りたかったのに、過剰なシャイネスが邪魔をしてしまった感じ。
ストレートに理想を語るには少々すれっからしになりすぎてしまった感じ。
アメリカの映画で、時折この手の過剰なシャイネスを感じることがあるのですが、なにかもう、若い人の間で「熱くなるなんてダセエ。正義感なんてダセエ。ヒーロー魂なんてダセエ。ダメダメなヒーローの方がクールじゃん? 正義感なんかより、自分の欲望で動くほうがオシャレじゃん? カッコ悪いほうがカッコいいじゃん?」みたいな、露悪的といっていいような価値観が蔓延している気がします。
まあ、そういう気持ちもわかんないでもないんだけどね・・・。
ただ、そういう「とことん駄目なヒーロー」を追い求めるあまり、無駄にドジを踏んだり無駄に人死にを増やしたり、なにか見ていて痛快じゃないんですよね・・・。「馬鹿」と「痛快」は矛盾しないと思うんだけどね・・・。

まあそもそも、このデッドプールはヒーローではないんですよね。
コスチュームを着ているのも、悪役フランシスによる拷問で肌が崩れてしまったのを隠すためだし、戦う理由も個人的な復讐と、フランシスしか知らない、崩れた肌を元にもどす方法を教えてもらうため。ウェイドは顔が元に戻らないと、婚約者のヴァネッサのもとに帰れないと思っているのです。
なので映画全体を見ると、勧善懲悪のヒーローストーリーというより「恋人のもとに帰りたいと命掛けで悪戦苦闘する男の物語」というストーリーがメインになっていて、そんなピュアな男の純情を隠すために、ここまでゲスに露悪的に「クール」になっているのかとすら思ってしまいます。
なんかもう、アメリカ人のシャイさ加減が痛い・・・

あと、この映画で個人的に残念だったのが悪役フランシス役のエド・スクレインが普通のハンサムだったこと。
このエグい映画にふさわしい狂気を帯びた悪役だったら、ヤラレっぷりにももっと華があって映画全体がビシッと締まったのではと思います。なんかもう、普通っぽすぎて、デッドプールの復讐劇もスカッとしないんですよね・・・。
悪役って大事だわー。ハァ~。

B級映画マニアの心をくすぐるネタがいっぱいあるらしいのですが、私にはあまり良くわかりませんでした。
まあ、「宇宙人ポール」や「テッド」などと同じく、少々ヒネクレてしまった映画好きにはたまらない映画であるという気はします。
雑誌「映画秘宝」が好きそうっていうかね(笑)
一応アメコミヒーローの扱いですが、熱いヒーロー魂という意味では、「第9地区」などの方がよほどヒーローっぽいと思います。
面白いことは面白いけど、私の趣味からは外れている、という感じでした。
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「女の子が努力とガッツで夢をつかむ話」という時点で、まったく見る気がしなかったのですが、あちこちから良い評判を聞くので本日、会社帰りに映画館に行ってきました~(TOHOシネマズは水曜日がレディスデーなので1.100円で映画が見られるのよ~♪)

いやもう、マジで素晴らしかったですね!
私は基本的にディズニーの姿勢(「女の子だって、あるがままに夢をかなえよう!」みたいな)が好きではないのですが、それでも感心、いや、感動しました。
感動ポイントは次の3つ。

①画面が美しい
ディズニーの前作「ベイマックス」の、舞台となるサンフランソウキョウの、エキゾチックかつ近未来的な都市デザインにすっかり感銘を受け、「ベイマックス」はディズニーCGアニメの最高傑作だ! と信じて疑がっていなかったのですが、この「ズートピア」の舞台となる都市、「ズートピア」の美しさと魅力は、軽々とそのレベルをクリアしています。この映画、タイトルが「ズートピア」なのも納得です!
(軽々と超えた、とは言いたくない・・・。サンフランソウキョウとズートピア、どっちが好きかは個人の趣味だと思うので)
乾燥した砂漠地帯と熱帯ジャングル、更に氷の大地とタイテク大都会、4つの顔を持つズートピア。
ネズミなどの小さい動物たち用の小都市が隣接しているのもオカシイ。

②テーマが今日的
「女の子だって、頑張るんだもん」というテーマについ目が行きがちですが、ウサギの警官ジュディが取り組む連続失踪事件の背景には、人種差別、多文化共生、弱者や差別される側(この映画では草食動物)の被害者意識ゆえの傲慢、などなど、あまりにも現在の世界を映した数々の問題がありました。
ズートピアのライオン市長が、副市長にヒツジを使っているのは、選挙のときにヒツジの票田が欲しいがため、だったり。
映画の中で、事件はとりあえず平和的に解決するんだけど、正直この先、ズートピアでこれらの問題が消える日はくるのだろうか・・・。
お互いの体のサイズが違いすぎて、レミングの銀行で発行された書類をキリンが読むことは不可能だろうし、逆もまた無理だと思う。見れば見るほど、多文化共生の困難さを考えてしまう映画なのですが・・・。

③キャラが魅力的
主人公のウサギのジュディは頑張り屋さんすぎて、どうも気に入らない(ヒネクレ者で済みません)のですが、ズートピアの動物キャラたちがあまりに魅力的。
特に笑ったのが、免許センター(?)にいる、ナマケモノのフラッシュ(画像ではミントグリーンの半そでシャツを着ている奴です)。
冗談を言われて笑いだすリアクションとか、ホントに映画館の中で爆笑してしまいましたよ~!
あと、「ゴッドファーザー」みたいなロシアンマフィア(?)のドンも可笑しいし、インドかぶれのヒッピーみたいなヤクもあるあるだし、警察官の署長の超マッチョな水牛もい味出してます。
そして何より、主人公ジュディの相棒になる、キツネのニックがイケメンなのよ~♪
こすっからいチンピラなんだけど、知恵は回るし情もあるし、割と傷つきやすかったりして、女子のハートをわし掴み!
いやね、映画が終わった後、、ニックのぬいぐるみを抱いた女子二人組が、人気のなくなった映画館のベンチにぬいぐるみを配置して写真撮影をしていたのを目撃してしまいましたわ。
おそらく彼女たちは、ズートピア(というかニック)にハマって、リピーターとして何度も映画館に通っているに違いない。
ああいう女子は、一人見かけたら30人はいると思わないとww
ニックが内省的になる時の、伏せた目もとが一重まぶたならではの切れ長な美しさなのは、「ベイマックス」のヒロを見た時も感じた事です。ディズニーでは今、一重まぶたがブーム?
あと、エンディングでお色気たっぷりのガゼルの歌姫が、半裸(?)の東洋風イケメンマッチョな虎ダンサーズを従えて歌って踊るのも見応えがありました。

「生まれや素質に関係なく、頑張れば、夢はかなう」というテーマは、子供に夢を与えるという意味では良いのかもしれませんが、どうもこの歳になると「それって、いささか無責任では?」と思ってしまいます。
「仮面ライダーウィザード」や「動物戦隊ジュウオウジャー」で素晴らしい脚本をお書きになっている脚本家の香村先生(私が神とあがめるお方)だったら、「どんなに努力しても、夢はかなうとは限らない。でも、その絶望の中でこそ見つかる希望の光もある。だから、自分が納得いくまで努力してみたらいい」というストーリーを書くと思うのですが・・・。
念願の警察官になれたジュディですが、この先、凶悪な大型動物や肉食動物がひしめく大都会ズートピアで、タフな警官にまじってタフな業務をこなしていけるのか、ちょっと心配です。
結局、駐車違反取り締まり係になってしまうのではないかと・・・。

いろんな意味で、がっかり・・・

一番がっかりだったのは、自分がもう、スターウォーズのファンじゃなくなっているのを自覚したこと・・・orz

「スターウォーズ」(エピソード4)こそ、私の青春、私のSF史の頂点に位置すると言ってもいい映画だったのに。
なんかもうね、今回の映画、見ていて、先の展開にまったく興味が持てなかったの。
(多分この先、こういう話になるんだろうな)って思う、まったくその通りにしか話が進まなかったし、どこを取っても、どこかで見たような場面だったの。
筋立てが面白いか面白くないか、という問題ではなく、最後まで見ても、「この先どうなるんだろう? ワクワク!」という気持ちにまったくならなくて、空しくなってしまったの。ああ、もう自分は、SWの登場人物たちのことが、どうでも良くなっちゃったんだな、って・・・。
全世界のスターウォーズファンの怒りを買わないように、ってただそれだけを考えて作ったみたいで、30年以上前のエピソード4と、実質あまり変わらない映画だったと思うの。
唯一、「これは良い!」と思えたのがBB-8だけだなんて、悲しすぎる。

高校生のころ、アメリカのTVシリーズ「スター・トレック」が映画化されたときと同じ、悲哀を感じてしまいました。
出てくる俳優がみんな、年を取っちゃっててねえ・・・。
TVシリーズには、その時代、その時でしか味わえない新しさ、輝きがあったのに、映画版ではチャチな特撮SFになっちゃってて、それを往年のファンたちが有り難がって見ている、という切なさ。
あ、あと、私は日本のウルトラマンシリーズにも同じ切なさを感じるのですよ。
古いファンを大切にするのは良いけど、ウルトラマン同志の家族関係とか、いらなくない?
円谷ショップにいくと、いまだにバルタン星人とかレッドキングとかのグッズばかり売ってるのも、もの悲しい。
毎年、新しい設定を開発しつづける戦隊や仮面ライダーの方が、潔く、かつヒーローものというジャンルに対して果敢で貪欲だと思っています。

あと思ったのは、人気作家によるジョジョのノベライズ企画みたい、ってこと。
上遠野浩平や西尾維新、乙一など、数々の作家がトライしていますが、原作が個性的すぎて、どうしても決まった世界観の中でしか話を作ることができず、結果として原作漫画を超えることができない。二次創作の宿命といったらそれまでなのですが。
(舞城王太郎の「ジョージ・ジョースター」という例外がありますが、あれはあれでノベライズというよりは突然変異のようなバケモノみたいな小説なのでここでは触れません)

【この先、ネタバレあり注意!】
一言でいうと、冒険心のない映画、という事なのかなあ・・・。
ハン・ソロの息子が意味もなくダーズ・ベイダーみたいなマスクかぶっている(しかもこの息子が癇癪持ちでワロタw)のも、彼とハン・ソロの親子が一本橋の上で差し向かいになる場面も、砂漠の真ん中の宇宙人酒場も、BB-8が重要な情報を持って追手から逃げるのも、巨大な惑星兵器を時間ギリギリで破壊するのも、全部30年以上前に見てきたことの焼き直しではないですか。
熱狂的なファンにとっては、昔ながらのこのテイストがありがたいのかも知れませんが、個人的にはもう「SWにはもう、見切りをつけるべきだな」としか思えませんでした。

監督のJ・J・エイブラムスは「スーパー8」という映画を取っていて私はこれが大好きなのです。8ミリ映画を作ろうとしている少年たちの話なのですが、監督自身の、映画というものを愛する気持ちがひしひしと伝わってきます。
多分、JJはスターウォーズシリーズが好きすぎて、今回、監督というよりいちファンの立場で映画を撮ってしまったのでしょう。

まあでも、BB-8はほんっとーに可愛かった!
R2-D2と違って、頭部が動くので、視線に角度が付けられて、非常に表情も感情表現も豊かです。
一生懸命コロコロと走っている姿とかもうキュン死にしそう。
ただ、SF映画に出てくるロボットのデザインという事に絞っても、BB-8が20世紀のR2-D2に進化形であるのに対し、例えば「インターステラー」に登場する、四角柱みたいなTARSの方が「新しい絵を見せてもらった!」というセンスオブワンダーがあって好きなんですけどね。

先週末、スターウォーズの新作と劇場版アニメ「妖怪ウォッチ」が封切りになったわけですが、世界各国で当然のようにぶっちぎりの1位であるスターウォーズより、日本では「妖怪ウォッチ」の方が観客動員数が多かったという・・・(SWは金曜日から公開だったので、土日限定で比較した数字)。

これ聞いて、正直「ざまあ!」って思いましたね。
だってここ数か月、SWのステマとかタイアップ広告とか、マジウザかったんだもん。
私は高校生の時に最初のスターウォーズ(今でいうエピソード4)を見て、それまでのSF映画のイメージをまったく覆すその影像の斬新さに衝撃を受け、サントラ盤を買って聞きまくったり、トートバッグなどのオリジナルグッズを勝手に作ったりしてハマりまくりました。初期の3部作のことは今でも深く愛しています。

ところが、「エピソード1」以降のSWにはまったく心が動かなかったのよ。
キャラにも個性が無いし、画面の異世界っぽさも新鮮味がないし、CG使ってるせいで安っぽいし、何より話が面白くない!
それなのに、最初の3部作を見ていない若い人までが何やら流行(というより広告)に乗せられて、騒いでいるのも違和感がありました。
あ、あと自分、SFは好きだけど架空年代記ものには入っていけないのよ。どうでもいい、勝手にやってろ、としか思えないのよw(だからガンダムも苦手なのかな?)
続編ができたせいで、SWの世界が年代記っぽくなったことも、私のSW離れを促したのかもしれません。
ジャージャービンクスがウザすぎる、というの大もきな要因だったかもw

さて今回のSWに関しては、公開前から、その時の違和感を更に強烈に感じていたのですよ。
SWったってルーカス監督じゃないんだし、もはや別物じゃないの?
最初のSW以降、めざましく進化しつづけたSF映画の数々と、SWと一体どこが違うというの?
まあ、まだ見ていないのであまり悪口は言えませんが(それと予告で見たBB8の可愛さは大いに評価します!)
まあとにかく、今回のSW騒動を見ていると「作られた流行に大騒ぎしやがって」という、醒めた気持ちにしかなれなかったのです。

妖怪ウォッチは、去年の冬の勢いからくらべるとずっと大人しいものの、まだまだ子供たちの間では一番人気、封切りしたらクラスの友達よりも早く見たい小学生たちが、親と一緒に見に行ったのだろうなと思うと実に微笑ましい。
っていうか、SWには興味のない自分も、妖怪ウォッチは見に行きたいと思っているのよ。だって、デザイナーになったエミちゃんが赤丸ことジバニャンと再会するエピソードがあるんだよ・・・号泣必死ですよコレ・・・。
とにかく、日本人はグローバル巨大資本にささやかな抵抗を示したわけで、実に痛快でございます。

まあここまでさんざんディスったけど、自分、SFファンのはしくれとして、SWは見なきゃいけないんですよね。
SWは画面が命だから、映画館に行かなきゃいけないとは思うけど・・・。DVDで見ると途中で寝ちゃいそうだし・・・。
1970年代、スケボーに賭ける青春。ちなみに実話。

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1975年、アメリカ西海岸ドッグタウン。
小さな町の小さなサーフボード屋を溜まり場にした、サーフィンとスケボーが大好きな少年たち、「ゼット・ボーイズ」。
楽しく、そしてカッコ良い彼らのスケボーはあっという間に全米の流行となり、売れっ子となった彼らを、大手事務所が次々に契約していく。街中で遊びで滑って満足していた彼らの友情は、やがて利権や契約によってバラバラとなっていき・・・。

この感じ、何ていうか、「男の子っていいよなあ!」という感じ。
上半身裸で街の中をスイスイ滑ったり、髪を長くのばしたりいきなり丸坊主にしてみたり。
みんなで集まって馬鹿騒ぎして、くだらないことで喧嘩して、お酒を飲んでマリファナ吸って、女の子を誘って、自分は誰よりもクールで恰好いいと思ってて、でもやっぱり友達のこと大事に思ってたり。
彼らだけの、若い時だけのキラキラした世界がある、ような気がするのですよ、女の子の目から見ると。
そしてそれに、強烈に憧れてしまう女の子というのが沢山いるわけですよ。
この映画の監督はキャサリン・ハードウィックという女性です。そうと知らずに見ていましたが、途中で、「これは女性監督なんじゃないか?」と思いました。なんだかね、男性集団の描き方がね、同じく女性監督キャスリン・ビグローの「ハート・ブルー」に似ている気がしたのです。
ちょっとブロマンスの気配があるというか。何か理想化されているというか。「駄目なところがむしろカッコいい」みたいな・・・。
男性が見たら、「確かにそうなんだけど、どこか違う」という印象を受けるのではないかな・・・?
(男の子だって、「キリスト教系女学校」みたいなのに強烈でしかもピントはずれな憧れを抱いているので、どっちもどっちだと思う)

さて、前置きが長くなりましたが、この映画、そんな少年たちの中二くさい青春もさることながら、とにかくサーフィンとスケボーのシーンが多くて、好きな人にはたまらない映画だと思います。
また、使われる音楽が当時のヒット曲で、ロッド・スチュアート、T-レックス、イギー・ポップにジミ・ヘンドリクス、デビッド・ボウイにディープ・パープル、と、綺羅星のようなロックスターたちの曲がどんどん使われていきます。
この時代はまだ、私は子供だったけど、何となく雰囲気は覚えていて、懐かしかったです。当時の洋楽が好きな人にも、たまらない映画だと思います。
早世したヒース・レジャーが出演しているのも見どころで、サーフィン好きな西海岸の不良中年役が大ハマリしていました。

ラストは非常に泣けるエピソードとなっていますが、結局、彼らは永遠に「夏の子供」であり続けたかったんだろうな、と。
人はいつか、必ず大人になってしまう、だからこそ「男の子」が惜しげもなく振りまくキラキラは、見るものを惹きつけてやまないのだろうな、と。
必見という映画ではないのですが、一部の人にはカルト的な人気がありそう。
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大場つぐみと小畑健、少年ジャンプが誇るヒットメーカーコンビのコミックスを、「モテキ」「恋の渦」の大根仁監督が実写映画化した作品。
予告の、コミックスのコマがどんどん立ちあがって立体的に動き始める映像が凄くて、期待して見にいったのですが、・・・うーん、原作の駄目なところがそのまま駄目だった、という印象・・・。

正直言って、私はコミックスの「バクマン。」はあまり評価してないのです。
主人公コンビの、原作担当メガネ男子、シュージンにはまだ感情移入できるのですが、作画担当サイコー君が、何を考えてるのかどうもよく分からないの・・・。
結局、彼が漫画でトップを狙う動機は亜豆(ヒロイン)と結婚したいってことなのか? 彼にとって漫画を描くとはそれだけではなくて、何かもっと、自分が自分であるための大事な一筋の道だと思うのですが、何か、ただ変にプライドが高くて意固地な男にしか見えないのよ。漫画を描くことが、目的のための手段でしかないような感じなのよ。
更に、サイコー役の佐藤健が、ミスキャストだと思うの・・・漫画家というより流浪の剣士にしか見えないんですが(笑)
大賞を取れなかったから、連載が決まらないから、と、自分の思い通りにならないことがあるたびに不機嫌になって怒りMAX、その目はもはや一匹狼か人斬りか(笑)
プライドが高くて負けず嫌いなのはいいけどさ、賞が取れないのも連載できないのも、ただ自分たちの実力が足りないだけだから。言わせんなよ恥ずかしい。
何ていうか、漫画に人生を、命を賭けてる人たちにとっては、「たかが漫画、されど漫画」だと思うんですよね。
うまく言えないんだけどサイコーは、「たかが」っていう発想がなくて、だから一所懸命になるのはいいんだけど、どこか自分勝手というかカラ回りしてる感じ。漫画への愛がない、という感じ。
佐藤健の怖い目つきを見ていて、そういえば原作のサイコーも、どこか好きになれない奴、と感じていたことを思い出しました。

あと、原作の面白いところは個性豊かな漫画家や編集者たちの群像劇だった、という所なのですが、2時間の映画ではそのへんも生かされてなくて残念。女流漫画家の蒼樹紅さんとか、シュージンの良きパートナー見吉とか、見てみたかったです。
しかし、サイコーの佐藤健以外のキャスティングはすべて原作のイメージ通りで、特に新妻エイジ役の染谷将太のなりきりっぷりは凄かった。ブツブツ言いながらペンをジャッ! ジャッ!って動かす感じとか。
亜豆役の小松菜奈も、もうそのまんま! でしたね。原作では、この亜豆もちょっと、何を考えているのか分からない感じだったのですが、そういう所も含めて、そのまんまでした。

「漫画を描く」ということがいかに大変な作業か、漫画家という職業がいかに苛酷か、ということが嫌になるほどよくわかる映画なのですが、サイコーとシュージンが「この世は金と知恵」という新しい漫画のアイデアを得て、(いける、これは面白い!)と興奮しながら漫画を描いている場面の、二人の足元から画がどんどん上に向かって成長していく画面は、音楽とあいまって、「漫画を描く楽しさ、思い通りに表現できる喜び」みたいなものがあふれて伝わってきて感動しました。
自分の好きなことを仕事にする、ということの、シビアな現実と、それをおぎなって余りあるほどのヨロコビ。たとえそれが一瞬のものであっても、それを一度味わってしまうともう他の道には進めないのでしょうね。

それにしても、劇中の新妻エイジの描く漫画、「クロウ」の絵が凄すぎる。もちろん、小畑先生が描いておられるのだが・・・。
誰か「クロウ」の原作を作ってくれませんかね? 「クロウ」が読みたくてたまらないのは私だけではないはず。

エンディング、サカナクションの「新宝島」の歌詞も映画に合っていてすごく良いと思いましたが、なんと映画のスタッフさんたちの名前を、ジャンプコミックスの背表紙に印刷して映していく演出には笑いました。だってそのコミックスのタイトルが、
「撮影助手のΨ難」だったり「すごいよ! 音響さん」だったりするのよ(笑)
私も、何十年もジャンプを読み続けてきたものですが、映画のスタッフさんたちの、あふれるジャンプ愛には感動しました!

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ヒャッハー映画の頂点、100満点で150点の映画!

下の娘がコレを見て、「今までの人生で一番好きな映画」とまで激賞するので、気になって映画館に行ってみてきました~!
いや~、確かにコレは凄い!
「SFは絵だ」という、古い名言がありますが、この映画はとにかく絵がいい。
荒野を猛スピードで走り続ける大型トラクター、装甲車、ハリネズミみたいにトゲだらけの車、崖の上をジャンプしながら走るロードバイクたち。
砂嵐の中で強風に吹き上げられて空中に舞い上がり、車ごと大破して四方に散らばるゴミのような人間たち。
何台ものドラムを積み込んで、真っ赤な衣装のギタリストと共に爆走する楽隊カー。このギターが、文字通り火を噴くのもカッコイイ。
独裁者、イモータン・ジョーのもとで狂信者として育てられる「ウォー・ボーイズ」の、なまっちろい身体とスキンヘッド。
・・・数え上げればきりがありませんが、とにかく一場面ごとが絵になっていて飽きさせず、繰り広げられるアクションもまた、CGっぽさがなく(ほとんどがリアルアクションだそうです)、見応えがある、っていうより、「コレ、人が死んでるんじゃないの?」と心配になるのですがすぐに次にもっと派手なシーンが来るため、「今度こそ、人が死んでるんじゃないの?」と更に心配になり、やがて麻痺していくという・・・(笑)

私は「マッドマックス」シリーズは「1」しか見たことがなかったのですが、この映画が「マッドマックス」シリーズの正当な後継にして頂点を極めているのだろうな、という事は想像できます。
今までのシリーズのファンの人たちにも、非常に評価が高いのだとか。

主人公がどっちかというと、マックスよりも女戦士フェリオサ(シャーリーズ・セロン)で、彼女が守るものが5人の若い女たち、というのも新鮮。
とにかくシャーリーズ・セロンがもう男前でかっこよくてねえ・・・。信じられないようなアクションもバリバリこなすし、なにかもう、アメリカの女優の覚悟の凄まじさみたいのが感じられちゃってね・・・。
覚悟といえば、もう映画に出ている全員、特にスタントマンの人たちって、もう死を覚悟してやってるとしか思えない。普通のアクションでさえ凄いのに、この映画ではそれを爆走している車の上でおこなうのだから・・・。
ひらひらのスカートをはいた美女たちでさえ、走り続けるトレーラーからトレーラに飛び移る、くらいのことは平然とやってのけるし。
何というか、アメリカ映画の底力、映画にかける情熱の厚み、映画への愛。
そんなものをヒシヒシと感じてしまい、少なくともアクション映画の分野では、日本がアメリカに追いつく日は永遠に来ないのだろうな、とさえ思いました。
アメリカ映画ってごく初期のころから、こういうの得意だったと思うんです。まだ白黒だったころの西部劇って、こういう、走りつづける幌馬車をインディアンたちが鬨の声をあげながら追ってきて、走る馬上から馬車の屋根に飛び移ったり、そんなアクションシーンが見せ場だったんだものね(インディアンを悪役として描いても問題なかった頃の映画)。
マッドマックス的な爆走アクションって、きっとそういう、アメリカ映画人の血が騒ぐんじゃないかと思います。

そしてこの映画、意外にもフェミニズムの映画でもあるのね。
主人公は女戦士フェリオサだし、彼女が守るのは5人の若い女たち。旅の途中で彼女たちの仲間になるのもまた、オートバイ乗りのおばちゃん達。
この、おばちゃん達と若い女たちの間で、植物の種を譲り受けたり、何か「母と娘」的な世代を超えた交流が感じられるのもいい。
男たちが水や石油をめぐって戦いに明け暮れて殺伐とした世界を作っている中で、奴隷のような境遇から抜け出して新たな世界を作ろうとする女たち。
フェリオサを中心として、この女たちが実に、非力ながらもそれなりに役立って、戦いにも参加していくのがいい。
無駄にキャアキャア騒がないので、見ていて、女として「そうだ、女だってやればできるんだ!」と力強い気持ちにさせてもらえます。
しかし女を上げているストーリーでありながら、もっと恰好良くて美味しい所をさらっていくのが実は男たちなのです。
最初はフェリオサたちの敵の立場でありながら、やむなく協力しているうちに、彼女たちの決死の思いにいつしか同調し、命がけで彼女たちを守るマックス。
ラスト、黙ってフェリオサの前から姿を消すのがまた、男の美学でもあり、気障でもあります。
ウォーボーイとして生まれ、戦いの中での華々しい死を望みながらもかなわず、やがて女たちと共に戦う道を選ぶニュークス。女たちを逃がすために、最後は望み通りに派手な自爆を遂げます。
(ニュークス役は「ウォーム・ボディ」でイケメンゾンビを演じた、若手のニコラス・ホルト。初々しいハンサムっぷりはこの映画でも健在! アクションも超頑張ってます! しかもずっと上半身裸・笑)
どちらの男も、表舞台からは姿を消しますが、女たちの心に消えない思いを残す、という・・・。
これぞ男のロマンですな~!
男として生まれて、一番かっこいい生きざま(死にざま)と言っていいのじゃないでしょうか。
・・・というわけで、女が見ても男が見ても、それぞれ満足できる、素晴らしい脚本だな、とも思いました。

人物のキャラデザインを含め、世界観がヒャッハーで統一されていて本当に気持ちがいい。
こういった、しっかりした世界観を持った映画は、リピーターが続出してやがてファンのサークルが出来てくるでしょう。
「スター・ウォーズ」や「ハリー・ポッター」のシリーズみたいに、みんなで仮装して映画鑑賞会を開いたりね。
コスプレ解禁でこの映画の鑑賞会したら楽しいだろうな~。私はオートバイおばちゃんの役しかできないけど(T.T)
大ヒットはしていないようだけど、一部ではすでにカルトムービーとしての地位を得ている模様。

派手でかっこいい映画が好きな方は、ぜひぜひ劇場の大スクリーンで血わき肉おどるヒャッハーを体験してください!
後味が良くて爽快なので、カップルで行っても盛り上がれるし、仕事に疲れたサラリーマンも元気になれる映画だと思います!

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